第14話 〜サムの動向〜



 サム・ホリエルの『オリジナル』は馬車に揺られていた。


 隠れ家を後にしたサムは、【分裂】を駆使して、商人風の男3人、冒険者風の男4人、王国騎士風の男2人、傭兵風の男3人、計12人の『分裂体』を生み出し、王都を中心に東西南北へと繰り出した。



 5感は共有できるし、そこで見聞きした情報もすぐにオリジナルの元に届く。『分裂体』の情報は意識せずとも頭に飛び込んでくるのだ。


(さてさて、あの『無能』はどこに逃げた……?)


 オリジナルは、1番可能性の高い『貧困街』を目指した。


 世界中の『ゴミ』が集まる『掃き溜め』の巣窟。


 行き場のない人々が無数に住んでおり、いつ建てられたのかもわからないボロボロの建物が乱立している貧困街。


 他所者(よそもの)には迷路の様になっており、一度踏み込むと、なかなか抜け出せないと噂される、臭く汚い場所だ。


(あのクズがたまに帰っては、貧しいガキ共に保存食を流していたことは知ってる。身を隠すならあそこ以上の場所はない……)


 サムは未だに貧困街にしがみつくカインを毛嫌いし、いつまで経っても甘さが抜けないカインが大嫌いだった。


(ゴミくせぇあの野郎なら、絶対……)


 サムは伯爵家次男である自分が一生行くことはないだろうと思っていた貧困街へと向かったのだ。


 ただカインを見つけるため。

 ただカインを殺すためだけに。


 サムには確信があった。ジャングにもリリアにも言わなかったが、『カインは貧困街にいる』と信じて疑わなかった。


 念のため『分裂体』を放ったが、これはあくまで保険であり、早く『任務』を達成させる事しか考えていなかったのだ。


(面倒だが、1番確率が高い。見つけ次第、即刻ボロボロにしてやるぜ……)


 馬車からの風景を眺めながら、サムはニヤァと口角を吊り上げた。




 2日かけて『貧困街』へとやって来た。


 サムはすぐに『分裂体』を生成し、貧困街を歩かせ、オリジナルは街に入る事なく、入り口で待機して『分裂体』を通してカインを探す。


 見るからに汚らしい貧困街に、どうしても足を踏み入れる気にならなかったのだ。


(くせぇ……。汚ねぇ……。話には聞いていたが、まさかここまでとは思っても見なかったな……)


 少し5感は鈍っている分裂体からでも、耐え慣れないほどの激臭に、鼻をハンカチで覆いながら分裂体を進ませる。


 貧困街の住人の飢えた獣のような眼光は、貴族出身で安全な任務ばかりをこなしているサムには見慣れない物であるが、特に気にする事もなく奥へ奥へと歩みを進めた。


(転がってるのは死体か……? き、汚ねえな。ウジが沸いてやがる。さすがクズの故郷だな)


 トボトボと街を歩きながら、カインの姿を探したが、一切見当たらないし、気持ちの悪い視線に吐き気を感じながらも、


(アイツを殺すため……。あの無能をこの手でぐちゃぐちゃにするため……)


 と心の中で繰り返し、懸命に耐えた。


 おそらく、(身なりが綺麗な自分に貧困街の住人は殺気立っているんだろうな)と考察しながら、いつ襲われても対応できるように、周囲に索敵魔法を展開していると、



トコトコトコトコ……



 と1人の子供が網に引っかかる。


 サムは即座に反応し子供を見据えるが、ボロボロの布1枚の少女は、両手で皿を作り差し出してくるだけだった。


 サムはゾクゾクッと嫌悪感を抱きながらも、(少しでも手がかりを……)と声をかけた。


「なぁ、手の甲に『絵』を書いてる人を見なかったか?」


 ボロボロの幼女は首を傾げ、何も言わずに両手を更に突き出してくるばかりで、口を開かない。


(チィッ! 汚ねぇガキだ。気持ち悪ぃ……)


 サムは放置して、先に進もうとするが、幼女はサムを引き止めるように足にしがみついてしまう。


ゾワァアッ……


 サムは身体中に虫が走ったような感覚に陥ると、


「汚ねぇんだよ!!」


 と掴まれた足を振り上げ、乱暴に払った。


 幼女はドサッと吹き飛ばされ、ジワァと涙を溜まるとトコトコと走り去って行ってしまった。


(なんなんだよ。この場所は……。本当に気持ち悪ぃぜ……)


 またカインを探し始めたサムだが、しばらく歩くと、ゾロゾロと武装した大人の住人達が目の前にやってきた。


「なにをしにきた?」

「何者だ?」

「用があるなら、食料を寄越せ……」

「他所者はすぐに立ち去れ」


 ボロボロの服に自作の武器を手にした大勢の住人達の瞳は血走っており、サムはあまりの激臭と嫌悪感に身震いするが、懸命に耐え小さく口を開いた。


「……手の甲に『焼印』がある男を探している。何か知っているか?」


「そんなヤツは知らん。それよりも、その高価そうな服を置いてさっさと消えろ……」


「……下賤のクズが……」


 サムがそう吐き捨てると、


ブンッ!!


 と空を切る音が響く。


ガンッ!!


 サムは唐突に投げられた、木に石を括り付けた粗末な斧のような物をジッと見つめた。住人達からの明確な殺意に思わず笑みを溢し、


(……舐めやがって。このクズ共……)


 と血が一気に頭に昇る。こんなボロボロで軟弱な者達に反抗された事に、湧き上がる憤怒を抑え込めない。


「さっさと帰れ!!」

「そうだ! 貴様のようなヤツが来る場所ではない!」

「私たちをバカにするな!!」

「さっさと消えろ!!」


 言葉と共に飛んでくる石に、サムはワナワナと震え出し、引き攣った笑みを浮かべ、口を開いた。


「そんなに、欲しいなら、水を恵んでやる……。《水玉牢獄(アクア・プリズン)》!!」



ボワッ!! ゴポッゥゥウ!!!!


 目の前にいた全ての大人達を巨大な水玉の中に閉じ込め、ゴポッゴポッと苦しそうな住人達にふぅ〜っと大きく息を吐く。


「そのまま死ぬか、情報を渡すか。どちらがいい?」


 水玉の中で溺れている住人達はバタバタともがいているが、サムはその者達の姿を見つめながら、


「ふっ……、なに言ってるか聞こえねぇよ……」


 と呟き、水玉をそのままにして、またカイン探しを再開した。


 サムは、この行動が後々、自分のクビを絞める事など、一切考えなかった。

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