第12話 〜ジャングと"ロウ"〜 ①



 ジャングは王都内の『隠れ家"03"』で、諜報(スパイ)ギルドの中で3本の指に入る実力者『ロウ・ジュミナール』の報告を聞いていた。


 カインがしくじる前提で、2ヶ月前に『革命軍』に送り込んでおいたロウからの報告が、「任務完了」の報告だと、信じて疑っていなかった。


 それだけにロウの『報告』にジャングは言葉を失ってしまった。



――増援を5人。期間は最短で3年下さい! 潜入するだけでも、確実に1年はかかります。『壊滅』させるためには2〜5年必要ですので、そのつもりでお願いしますね?



 つい先程のロウの言葉が、グルグルと頭の中を回っていて、ゆっくりと思考する事すら許されない。


「あれ? ギルド長? どうしました?」


 ロウの言葉にジャングは乾いた笑みをこぼした。


(きっと私の聞き間違いだ。ロウは優秀な諜報員(スパイ)。【影移動】のギフトと常人より多い魔力量。……さ、先程の言葉は嘘に違いない!!)


 ロウが嘘を吐く必要など何もないのに、ジャングはそう結論付けた。ジャングの頭の中にはカインの姿があったからだ。


(カインが『革命軍』に潜入し、『調略した』などと戯言を言い出すまでの期間は3ヶ月。『壊滅』させるよりも、『調略』する方が時間を有するのは当たり前のはずだ。『壊滅』させるだけならば、1ヶ月もあれば済むと考えていたのだが……)


 ジャングはゆっくりと息を吐き出すと、冷静に口を開いた。


「ロウ、私の聞き間違いか? いま『5年』と言ったか? そんなに時間がかかるはずないだろう?」


「……? いやいや、『革命軍』の戦力は相当な物ですよ? ギルド長から命を受けて2ヶ月。未だに幹部は1人しか把握出来ていません。かなり、巧みに情報操作してる印象です」


「ふんッ。……そんなはずはない」


「ハハッ!! 『アイツら』はなかなか厄介です。じっくり準備して、着実に足場を固めないと、命がいくつあっても足りませんよ?」


 ジャングはロウの飄々とした態度にギリッと歯軋りをしながら、


(そんなバカな話があるか!! あの『クズ』め!! やはり大嘘を吐いていたんだな!??!)


 とカインへの苛立ちを心の中で叫びながら、ジャングは、ふとカインがバカみたいに送ってきた『報告書』の存在を思い出す。


 他国に視察に出ていたので、一切目を通していなかったが、帰って来たら、


『調略完了』


 の報告書が上がっていたので、すぐにカインを呼びつけ、『失敗』を咎めたのだ。



ガタッ!!



 ジャングはすぐに机の引き出しを漁り始め、一枚の報告書を見つける。


(……『調査開始3日目』?)


 パラッとその紙を捲ると、『革命軍』の団長の名前とギフト、思想、行動原理、戦闘スタイルがびっしりと書かれており、魔道具で撮影したと思われる写し絵もしっかりと挟まれていた。



ゴクリッ……



 ジャングは慌てて1日目と2日目の報告書を引っ張りだすと、不思議そうに目をパチパチしているロウに投げる。


 ジャングが投げた数十枚の『報告書』に、ロウは首を傾げながら拾い上げる。


 すると、徐々に瞳を見開き、


「……ギ、ギルド長。いつの間にこれだけの情報を……。さ、さすがです!! コレがあれば、1年分ほどは時間を短縮できますよッ!!」


 と瞳を輝かせた。


 ジャングは背中にゾクゾクッとした物を感じ、ブルッと身震いした。


(そ、そんなはずはないッ!! あの『クズ』がロウより優れているなどあるはずがない!!)


 ジャングは心の中で叫ぶと静かに口を開いた。


「ロウ。詳細を話せ……」


「は、はいッ!! まぁ簡単に言えば、『革命軍』はかなり厄介ですね。小国の軍事力に匹敵する力を持っています。ここ最近は、少し『妙な動き』がありましたが、『俺の方』では、全貌は掴めていません」


「……『妙な動き』?」


「まだ末端しか捕まえていませんが、なんでも幹部連中の『意識改革』があったとかで、何やら忙しなく動き回っているみたいですね!」


「『意識改革』か……」


 ジャングはうわ言のように呟き、徐々に繋いがっていく『ある1点』に見て見ぬフリをする。ロウは少し眉間に皺を寄せ、首を傾げる。


「……俺よりも『ギルド長』の方が詳しいのでは?」


 ジャングはロウの言葉に押し黙った。


(……クッ、クソっ!! あの魔力ゼロの無能が『有能』なはずはない……)


 ジャングは微かに震える手を握り締め、固く固く拳を作る。



 『諜報員(スパイ)の基本は柔軟な対応力』



 ジャング自身が言い続けている事だが、どうしてもそれを実行する事ができない。湧き上がるいくつもの『証拠』を冷静に分析する事ができない。



 汚いガキだった。


 放っておけばすぐに死ぬような『ゴミ』だった。


――『貧困街』に面白い子供がいた。育てれば面白いと思うんだ。きっとお前の『右腕』になってくれる。


 国王陛下からの言葉に仕方なく出向いた貧困街で、ジャングはカインを見つけた。国王の手前、一通りの教育を与えたのだが、貧困街出身の魔力ゼロのガキになど興味はなかった。



「ギルド長!! これは完璧な資料ですね! コレがあるなら2ヶ月も探る必要なんてないじゃないですかぁ〜! 初めから出して下さいよッ!!」


 ロウの言葉に、ジャングはハッと現実に戻ってくると、カインが制作した『3日目』の報告書をロウに投げ、


「あ、あぁ。『私なら』3日でここまで調べ上げられるんだ。もう増援は要らないな? 『壊滅』させるくらいならば、1ヶ月もあれば大丈夫だろう?」


「こ、コレは……、『革命軍』の団長ですか……!? 俺が2ヶ月間、一切情報を掴めなかったのに……」


「……あと1ヶ月で行けるな?」


 ジャングは精一杯、冷静さを装いながら、祈るような気持ちでロウに問いかけた。


「ハハッ! 無理に決まってるじゃないですか! 確かに、この資料は『1年分』の働きですよ? でも実際潜入して『壊滅』させる事を考えると、3年はかかりますよ!!」


 ジャングはロウの無邪気な笑顔に、


「ふっ。よく冷静な判断が出来たなッ!!」


 と声を張り上げたが、心中は決して穏やかな物ではなかった。




ーーーーーー

【あとがき】


今日は22時頃にもう1話更新します!

★★★、レビュー、フォロー。よろしくお願いいたします。

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