第10話 元諜報員はギルドマスターを見定める



ーーー冒険者ギルド



 ド派手に登場したのは、元Sランク冒険者で、最高ランキング2位。『太陽とサンアンドムーン』のリーダーを務めていた英雄『ブライアン・ガーフィン』だ。


「ブライアン様ーー!」

「ブライアン様に憧れて、俺はッ!!」

「こちらです! ブライアン様!!」

「「「うぉおおおおおお!!」」」


 周囲の歓声は凄まじいもので、冒険者にとってこの男がどれほどの権力を持っているのかを理解する。


(《超感覚》……)


 俺はブライアンの力量を測る意味も込めてギフトを発動させる。


 白髪混じりの黒髪に、漆黒の瞳。経験を感じさせる左眼の傷に、内包する魔力量はサムと同等かそれ以上。


 陽気に振る舞っているが、ギフトを扱うに相応しい魔力量だ。事前調査ではギフトは【太陽】。俺には絶対に真似できない典型的な魔力ゴリ押しのギフトだ。


 見るからにバカそうだが、それらも演技である可能性も考慮すべきだ。


(化け物だな……コイツは……。……こ、こんなに注目されているのに、羞恥心を感じさせないとはッ!! 魔力量も、ギフトも特には気にならないけど、どれだけ自分の顔に自信があるんだッ!! コ、コツがあるならぜひ聞いてみたい!!)


 歓声を受け、満足顔でそれらを受け入れているブライアンがまともな人間に見えない。「当然だ」とでも言いたげな口角の角度に感服してしまう。


(……どのような訓練をすれば、その鋼の心臓は手に入るんだ!! クソッ! 俺は顔を隠す訓練しかしていないッ!! 顔を表に出す訓練方法があるなら教えてくれッ!!)


 俺は完璧な無表情を作りながら、心の中で悶え苦しんでいると、ブライアンは声を張り上げた。


「今回の試験は、なかなか過酷な物を用意した!! 『初級ダンジョン』の15階層まで潜る事が、今回の試験内容だ!! もちろん、魔物も大勢いる! やめるなら今のうちだ!!」


 ブライアンの言葉に、周囲がざわざわとし始める。


「絶対無理だ……」

「今回は見送った方がいいみたいだな……」

「こんなの『死ね』って言ってるのと一緒だぜ」

「きゅ、急に腹が痛くなって来た!!」

「ついてねぇぜ……。また来月にかけるか……」


 口々に声を上げ、ざわざわとし始めるが、ブライアンは構わず言葉を続けた。


「命の保証はできない!! 各々の力量をきちんと把握し、本当に挑むかどうか決断しろ! 最近、命を落とす冒険者が多すぎるので、初心者にはかなり難しいぞ!!」


 受験者達は静まり返り、ゴクリと息を飲んでブライアンを見つめる。


「今一度、冒険者の敷居を高くする!! 自信のない者は辞退する事をお勧めするッ!! ただの死にたがりや金銭が目的の者は、傭兵ギルドにでも行け!! ここは冒険者ギルド!! この世界を自由に渡り歩き、自分自身の信念や目標を探求する者のための場所だ!!」


 ブライアンの叫びに、受験者達は両極端の反応を見せる。


 グッと瞳に力を宿らせ、気持ちを昂らせる受験者と、さらに不安を煽られ怯えた表情を見せる受験者。


「うぉぉおおおお!! やるぜ!」

「ここで引いているようじゃ、冒険者になんてなれねぇ!!」

「子供の頃からの夢だったんだ!! 絶対に叶えてやる!!」


 キラッキラの瞳で、ブライアンの言葉に応える者達が声を張り上げる反面、


「な、なんだよ。暑苦しいな……」

「ダ、ダセェぜ! 俺は一抜けたッ!!」

「つまんねぇ! あぁ、面倒くせぇッ!!」


 と口々に捨て台詞を吐き捨てて、去っていく者もかなりの数がいるみたいだ。



 ブライアンの言葉には力がある。


 無闇に死ぬような者を冒険者にさせないためには、先程の言葉は絶大な効果を示したようだ。


 ふわふわとして掴み所がなく、柔らかい雰囲気。バカのようでいて、鋭い眼光の奥に潜む、冷徹さや合理主義者の影。トップに立つ人間独特の『匂い』、『オーラ』、『所作』。


 どうやら、『これからの上司』はちゃんと冒険者達を『人』として認識している。『誰かさん』のように、無茶な命令をする事もなく、選択権を相手に委ね、全てを『自主性』に任せてくれるみたいだ。


(やっぱり、冒険者は『自由』だ!! 俺はどれだけ強い魔物相手でも、絶対に試験に合格して、冒険者になるぞ!!)


 きっとブライアンの言葉に乗せられている。乗せられている事は自覚しているが、胸が高鳴るのだから仕方ない。『冒険者ベイル・カルナ』の人生はここから始まるのだ。


 しばらく続いた歓声が鳴り止むと、即座に【超感覚】で現状把握に取り掛かる。


(残ったのは117人……。確認した者達も全員残っているな……)


 俺が状況を把握していると、ブライアンが笑い声をあげ、口を開いた。


「ブッハハハ!! 上々、上々!! 100人超えるとは思わなかったぞ!! 今回は豊作かも知れねぇなぁー!! でも、命の保証は出来ねぇ……。お前達、悔いはねぇな!?」


「当たり前だぁーー!!」

「やってやるぜぇーー!!」

「冒険者に、俺はなるッ!!」

「俺はすぐに合格してランキング入りしてやるぞ!!」



 ブライアンは残った受験者達を見下ろしながら、満足気にニカッと笑うと、


「『ラスティ』!!」


 と大きな声で『ラスティ・モーガン』を呼んだ。


 執事のような格好をしている眼鏡をかけた美人な女性だ。冒険者ギルドの副ギルドマスター。『恩恵(ギフト)』は【空間支配】。


 膨大な魔力で同時に複数の時空を繋げる事ができる優秀なギフトであり、氷魔法まで使えるブライアンの右腕だ。


 ブライアン同様、俺には使用できないギフトだが、かなり優秀なギフトである事は間違いない。


(……服のサイズが合ってないな……)


 カッチリとした服に収まりきらない胸はボタンを弾き飛ばしそうだ。もしかしたら、ボタンで攻撃するような戦闘もするのかもしれない。


 俺が深く考察していると、ラスティは口を開く。


「ブライアン。あなた、一々うるさいのよ。そんなに叫ばなくても聞こえるわ。ここの全員を『送れば』いいの?」


「ここでは、ギルドマスターって呼べよ!! 威厳がなくなるだろ?」


「…………」


「と、とりあえず、下に降りて『転移門』を開いてくれ」


「……」


「下さい……」


「はいはい……」


 事前調査の情報通りである事を一瞬で理解する。


(ラスティはブライアンの妻……。ふっ、力関係はラスティの方が上なのか)


 俺が考察していると、ラスティは呆れ顔で屋根から飛び降り、ギルドの入り口に大きな門を出現させた。


 ブライアンは屋根に残ったまま、「コホンッ」と咳払いをして、また声を張り上げる。


「最後に一つだけ言っておく!! テメェら!! 死ぬんじゃねえぞ!! 無理だと感じたら引き返す事も冒険者には必要な才能だ!!」


 ラスティとブライアンのやりとりにポカーンとしていた受験者達は、ゴクリと息を飲み、


「死ぬわけにはいかない! どれだけ時間がかかっても俺は冒険者になるんだ!!」

「俺もだ!! 今日、夢を終わらせる気はない!!」

「絶対に死なねえぞぉおおお!!」


 などと叫び始める。ブライアンは受験者の言葉に満面の笑みを浮かべると、


「よし!! 覚悟が出来た者からこの門を潜れ!!」


 と叫びながら、屋根から飛び降り姿を消した。


「「「「うぉおおおお!!!!」」」」


 ブライアンが消えると同時に、受験者達の割れんばかりの歓声に大地が揺れている。


 俺は周囲を見渡しながら、ただただその光景に驚嘆してしまう。


(こ、これが冒険者を志すヤツらか!!)


 『裏』のヤツらにはない活気。今まで俺が見ていた景色を根本からねじ伏せるような熱量。喉の奥が焼けそうなまでの熱気。


(最高だッ!!)


 俺はゆっくり深く息を吐き出し決意を固める。コイツらに負けてばかりもいられない。


(よし……。任務開始だ!! ミッションは『試験に合格し、冒険者になれ!!』だ!!)


 俺は自分自身に任務を与え、一歩を踏み出した。



ーーーーー

【あとがき】


明日も頑張りますので、今後ともよろしくです!

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