第8話 元諜報員は受験者を見て回る


ーーー冒険者ギルド



(は、恥ずかしすぎるぞ!! 注目されたら、『死ねる』! どんな『死地』でも、これ以上の恐怖は感じなかった!!)


 ただの状況把握なのに、自分の鼓動がギッコンバッタンうるさすぎる。【超感覚】で自分の心臓まで察知してしまうのだからそれも仕方がない。


(ふ、ふぅ〜……『冷静な状況判断を』。いつからこんなに人見知りになっているんだ……? で、でも、意地でも『他人の顔』は使わないぞ!!)


 ここで他者の顔に入れ替わり、淡々と任務を遂行する事は簡単だ。でも、それじゃダメだ。


 『俺』で頑張るんだ。

 これからは『俺』で生きていくんだ。


 俺は『恥ずかしさ』から逃げない決意を固めると、ゴクリと息を飲み、周囲に意識を向ける。


(試験を受ける人間の数は368人。そのうち魔力量が特別多い者は24人。『畏怖』や『混乱』していない者が12人。不確定要素もあるが、36人がそれなりの実力を持っている……? それも固まっているのが4人……。あぁ、これは『試験官』だな。……残りの32人は散り散りか……)


 冷静に分析をして、現状を把握する。昨晩、密かに忍び込み試験内容は把握済みだ。


 試験官はAランクパーティー『銀翼(シルバーウィング)』。それぞれ4人が受験者達と一緒にダンジョンに潜り、立ち回りや状況判断を採点する。


 この4人の採点次第では、必ずダンジョンの15階層まで潜る必要はなく、戦闘力はなくとも、サポート役に使えそうなヤツや、頭がキレるヤツ、これからの成長に期待できるヤツだと判断されれば、冒険者にはなれると書いてあった。


(あの4人……。姿を隠しているようだが、粗が多すぎる。周囲に『馴染んでいない』。アレでは落ち着きすぎだ……。ふふっ……アレで姿を隠しているつもりになるなんて、笑わせてくれる)


 あまりに不恰好な『潜入』に、心の中で苦笑しながらも、おかげで少し心臓は落ち着いてきた。それに周囲を探ったおかげで、見られていない事がわかり、ホッと一息つけたのだ。


 カッコ悪いが、それが『俺』だ。


(ここから始めるんだ。大丈夫、ちゃんと自分を生きれてる!!)


 開き直ると、少し胸が高鳴る。この恥ずかしさすらも、俺が自分を始めた証だ。


(ふぅ〜……。追手ではないとは思うが、念のため確認しておくか!)


 残りの32人を探るべく、無数の人混みをスルスルと進みながら、すぐに30人の調査を終える。


 騎士のような男、魔導師風の男や女、盾役の男、剣士の男や女が多かったが、結果は『シロ』だ。


 《鑑定》を行わずとも、全員がギンギンの瞳でメラメラと燃えているだけで、明らかに追手ではなかった。


(特筆するような物はないけど、みんな闘志がすごいな……)


 これから仲間になるかもしれない受験者達を見ていると、「俺も頑張ろう」と思えた。


 この3日の調査で、魔物の恐ろしさは重々理解している。基本的に人間を相手にして来た俺にはわからないが、下級の魔物でも化け物のように強いらしいのだ。


 ダンジョンは下層に行く度に強さが跳ね上がるようだし、この試験が過酷な物になるのは間違いない。


(まぁでも、一緒に挑戦する者がこんなにもいるのも悪くないな!)


 リリアとの2年間以外はずっと1人だったから、こんなにたくさんの人達と何かをするのも初めてだ。


(みんな受かればいいけど……)


 心の中で呟くが、おそらく全員が受かる事はないだろう。みんな優秀ではあるが、今一つ抜き出た物がない。試験に合格するのは、剣士風の男と女の魔導士の2人くらいだろう。


 俺はグッと気を引き締めながら、残り2人の元へと足を進めた。


「おぉ……なんて綺麗なエルフだ!!」

「お、俺とパーティーを組んでくれっ!!」

「このエルフは俺とパーティーを組むんだ!」

「うるせぇー! 俺だ!」

「俺に決まってんだろ!!」

「け、結婚してくれぃ……」


 到着したら、男共に囲まれているエルフの姿があった。


 綺麗な銀髪に翡翠の瞳。完璧なスタイル。男共が群がるのも無理はない。エルフ独特の種族衣装は露出度が高く、アレでは声をかけてくれと言っているようなものだ。


 背中に背負った少し変わった弓は見たことがないし、立ち姿や魔力量だけでも、なかなかの実力を持っているのがわかる。


(なんて綺麗な女だ。こんな生き物がこの世界にいるのか? おそらくこの女は作り物か、何かだろう。こんなに綺麗な生き物が存在するはずがない……)


 あまりの美貌に心の中で驚嘆しながらも、このエルフが、諜報(スパイ)ギルドの構成員の可能性が完全に消えたわけではないので、もう少し近くに行こうとすると、そのエルフが声を上げた。


「あぁーもぉっ!!!! ……本当にうるさいなッ。『僕』の邪魔しないでくれ!! 君達は、ものすごく臭いし、僕は誰ともパーティーを組む気はないッ!! 僕はソロ冒険者になるんだ!!」


 俺はエルフの言葉に、心臓がバクンッと跳ねる。反射的に顔の筋力を調整し、完璧な無表情を意識的に作りながら、その場を離脱する。


(な、なんだと……? あの容姿と身体で『男』な、のか……? 何をどうやっているんだ……? す、素晴らしい技術だ!! 俺の【百面相】のようなギフトなのか!? そうだとしたら、なんでそんなに堂々とできるんだ!! このエルフはイカれてる!! 関わらないほうがいい!! あの『男』はただ者ではないッ!!)


 驚愕の事実に激しく動揺するが、表に出すことはない。


 とりあえず、このエルフが諜報(スパイ)ギルドからの追手ではない事を確認を終えると、エルフの胸の谷間を反芻しながら、最後の1人の元へと向かう。



「ハハッ!! 笑わせやがる。こんな獣人のガキが冒険者になるれるはずがねぇ!!」

「さっさと巣に帰ってママのおっぱいでも吸ってろよ! この獣人がっ!!」

「なんでこんなとこにガキがいるんだ! 邪魔なんだよ!!」

「本当に目障りだぜッ!!」

「冷やかしならさっさと帰りやがれ!!」


 周囲から敵意剥き出しの罵声を浴びせられているのは、狼の獣人だ。かなり幼く見えるが肉のつきかた、骨格、立ち姿のバランス……、これは女で間違いない。


(可愛らしい狼人の幼女だな……)


 獣人と言うことは『恩恵(ギフト)』を持っていない。ギフトを与えられるのは人間、エルフ、ドワーフなどの人族で、『恩恵(ギフト)』を与えられない亜人にたいして、かなりの差別意識がある。


 見た目の印象はさておき、本人はかなり落ち着いていて、その内に秘める魔力は膨大だ。魔力量だけで言えば、試験を受ける者の中でダントツだ。


(空色の狼……? あまり見たことがない狼人だが……)


 空色の髪に狼の耳と尻尾。淡褐色の瞳は大きく、澄んでいてとても綺麗だが、どこか虚(うつろ)でかなり印象的だ。子供らしからぬ冷酷な雰囲気は亜人差別のせいなのかもしれない。


 限りなく『シロ』に近いが、念のため確認しようとすると、狼人の幼女のすぐ後ろにいた剣士風の男が『敵意』や『悪意』を放ち、剣に手をかけたのが見えた。


(な、何をするつもりだ……? これから仲間になるかもしれない受験者の仲間だろ?! ……その前にこんなに小さい子に何をしようとしてるッ!?)


 俺は即座に反応に、頭を高速回転させながら、小さく呟いた。


「……《身体強化》」




ーーーーーー

【あとがき】


次、幼女を助けます!

明日も頑張りますので、よろしくです!

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