第7話 元諜報員は恥ずかしくてドキドキする
ーーー王都
俺は3日間かけて、冒険者の情報を探った。
初日は【超感覚】で把握、2日目は王都の住人風の男を装い【鑑定】で確信、3日目は【透過】で冒険者ギルド内の調査。
諜報(スパイ)ギルドからの追手も考慮し、3日間違う容姿で過ごした。
酒場はもちろん、冒険者ギルド周辺、ドワーフが営む武具屋、着実に準備を整えながらも、必要な情報を抜き取った。
要約すると、
・月に一度、数百名が過酷な『冒険者試験』に臨み、合格するのはだいたい2組〜5組のパーティー。
・ソロの冒険者は少なく、ほとんどがパーティーを組んでいる。
・ほとんどの冒険者が『冒険者ランキング1位』を目指している。
・魔物は屈強でバカみたいに強い。
・薬草採取を舐めたら、すぐに死ぬ。
ってところだ。どの話にも嘘はなく、非常に興味深い内容だったが、一つ確実に言える事がある。
『冒険者はイカれている』
あまりに驚愕の事実の連発に、鼻水が出そうになったほどだ。もちろん、そんな心の内を表に出す事はなかったが、俺が諜報員(スパイ)としての訓練を受けていなければ、目玉が飛び出ていただろう。
周囲に自分の『恩恵(ギフト)』をベラベラ喋り、自分の力を誇示する。「自分は強い」と虚勢を張り、『冒険者ランキング』に取り憑かれ、無謀な任務に挑戦しては、命を落とす。
(なんてバカの集まりなんだ……)
それが第一印象だが、俺が求める『自由』がそこにはあった。自分で選択し、自分で挑み、自分で任務を遂行する。
全てを決めるのは『自分や仲間』であり、失敗は全てが『自己責任』または『連帯責任』。
冒険者ギルドのために働いている者は1人もおらず、冒険者達は『自分のため』に行動している。
それが『冒険者ランキング1位』であったり、『それぞれの信念』のためであったりと、理由は各々違うようだが、このぶっ飛んだ連中の瞳は、みんなキラキラと輝いていた。
俺にはない、瞳の輝きだった。
それは、今では『冒険者ランキング1位』になっている『神の福音』と呼ばれるパーティーのリーダー『ユアン・ジェイク』の金色の瞳と同じだった。
流石にその事実を知った時には、3ミリほど鼻水が出たが、確かに『神の福音』は優秀な者ばかりだった印象だし、この3年でかなり成長したのだとしたら、なんら不思議ではない。
皆が『自由』を謳歌している。苦悩を抱えながらも、『挑戦』する事に嬉々としている。
『一度冒険者になれば、やめれねぇんだ。ダンジョンで未知に挑む事も、依頼を達成したときの清々しさも、魔物の被害から村を救って感謝される事も……。『アレ』を一度でも経験しちまうと、もうやめれねぇんだ!!』
初日の酒場で食事を奢ってくれた、『イーサン』のニカッとした笑顔は本物だった。
冒険者はイカれてる。正気の沙汰じゃない。
でも、きっと間違いない。俺はきっと冒険者になる事で『自由』を手に入れる事ができる。
『自由』を謳歌する未来がそこにはある。
きっと俺も正気の沙汰じゃない。そんなイカれた冒険者達が羨ましくて仕方がないのだから。
「……行くか!! 冒険者ギルド!!」
諜報(スパイ)ギルドを見捨ててから、4日目の朝。
俺は無数ある偽名の中で、1番気に入っていた
『ベイル・カルナ』
という名前を引っ張りだし、ササッと身支度を整え、ふぅ〜っと大きく息を吐いた。
(試験内容は『初級ダンジョンを15階層まで攻略する』か……。よし、頑張るぞ!!)
俺は激しくドキドキしながら、月に一度行われる、最難関と言われる『冒険者試験』に挑むために宿を出た。
※※※
全身を覆う黒マントを深く被り、鼻と口元を覆う黒いマスクをして冒険者ギルドへと向かう。
諜報(スパイ)ギルドの追手の事を考えれば、容姿を変え、一つのギフトを工夫しながら臨むのが正しい選択なのだろうが、これは『ベイル・カルナ』としての、『自由への一歩目』だ。
『何者でもない諜報員(スパイ)』から『冒険者ベイル・カルナ』になるんだ。
万が一、追手と遭遇しても、容姿を変化させ適当にあしらえばいいし、そもそも俺の容姿のままだと、『焼印』は【隠蔽】で簡単に消せる。
というか……、
正直……、今の俺はそれどころではない。
(あぁ、心臓ヤバイ。死ぬっ! 死ぬだろこれ!! いけるのか? 大丈夫なのか!? 誰も俺を見るなッ!! 見ないでくれっ!!!!)
これまで、『自分の顔』を、誰からも見られずに生きてきた。俺の今の顔を知っているのはジャング、サム、リリアの3人だけだ。
他者の容姿で潜入を繰り返し、自分を極限まで『存在しない者』にしながらやってきたのだ。『自分の顔』で外に出たのは12年ぶりだ。
その結果、なかなかのパニックに陥っている。
俺がフードやマスクで顔を隠すのは、追手に見つからないためではない。ただ単純に死ぬほど恥ずかしいからだ。
(あぁ。やばい! どうするっ! 大丈夫なのか? 俺ッ!!)
これはもう仕方がない。ずっと『誰か』として、生きて来たのだから、どうしようもない事なのだ。この恥部を晒しながら外を歩いている感覚にも慣れないとダメだ。
『ま、まぁ……追われてる身だし、顔を隠すのは仕方ないよな……?』
などと自分に言い訳をしながら、嬉々として黒フードと黒マスクを装備して宿を出たのだが、完璧に『外』を舐めていた。
顔を隠しているからといっても、俺の顔で外を歩いているんだ。心臓が飛び出そうな事に変わりはない。
無表情でバックバクの心臓に耐える俺をよそに、未だに増え続ける『受験者』達は思い思いに口を開いている。
「俺様が将来の『ランキング1位』の冒険者だッ!」
「今のうちに仲間を捕まえてどんな試験でも対応しないと!!」
「ふんっ!! ザコばかりだな! 今回の試験では、俺だけが冒険者になれるようだ!」
「俺は最強だぁーー!!」
などと、ガヤガヤとうるさい。情報通りかなりの人数が冒険者試験を受けるようだが、俺は心の中で、
(コ、コイツら!! なんて鋼の心臓してやがるッ!!!!)
と、まだ試験が始まってもいないのに虚勢を張り続ける受験者達に驚嘆してしまう。
自分の顔で外を歩く事がこんなにもスリリングな事だとは思わなかった。心臓をバクバクさせながらも、懸命に顔に出さないように努める事しか出来ない。
(お、落ち着け! まずは状況把握を……)
パッと見た感じ、俺を注視している者はいないようだが、ここに追手が来ていないとは限らない。
俺の『自由』への一歩目を邪魔されるのは面倒だし、これは調べないわけにはいかないだろう。
(し、仕方ない。行くぞ? 使うぞ!? いいんだな? し、知らないぞ!? ……くっ、《超感覚》……)
無表情で激しい葛藤を終えた俺は、こんなに大勢の人前で、初めて自分の姿のまま、ギフトを使用した。
ーーーーー
【あとがき】
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