第6話 元諜報員はいつも通り諜報する


 

ーーー王都 酒場「笑月(ラフ・ムーン)」



カランカランッ



「いらっしゃいませ! 長旅ご苦労様ですッ!」


 ガヤガヤとうるさい店内に入ると、俺を見た店員は笑顔で迎えてくれた。赤い髪のショートヘアがよく似合う元気な女だ。無駄にデカい胸には『アイビス』と名札がある。


 なかなかいい『作り笑い』だが、驚きを隠しきれてない。冒険者ばかりが来る酒場に、ボロボロの商人が来た事に対する驚きだろう。


 見事に冒険者だらけの店内に、俺は驚いた顔の一つでもして、独り言のように口を開く。


「ここは冒険者専用の酒場なのか……?」


「いいえ! そんな事ないですよ!! すっかり冒険者の溜まり場になっちゃったけど、『商人さん』も大歓迎です!!」


 アイビスは元気に笑顔を浮かべる。俺は冒険者達に圧倒されている風を装いながら、即座にギフトを発動させる。


(……31人。実力はそうでもないか? 俺に注目しているのは18人。『敵意』を向けてきているのは3人。探っているような者は……0だな!)


 まぁ、上々の結果だ。諜報ギルドからの追手はいないし、明らかに他所者(よそもの)が来た事に驚いている印象だ。


「いやぁー、王都には冒険者がたくさんいるんですね。とっても強そうな人ばかりだ」


「ふふっ! 商人さん。ここのヤツらは冒険者の中でも底辺の連中だよ!」


「えぇっ!! 私の村にはこんなに強そうな人は1人もいないです! さすが、冒険者だ! それに、こんなに美人で若い女性も初めて見たよ!」


「あら。お上手ですね? さすがは商人さん!」


 アイビスは嬉しそうに笑いながら、俺の肩を叩き、


「どこでも好きな所にどうぞぉ!! 注文が決まったら声をかけて下さいねっ?」


 と笑顔を浮かべた。


 アイビスは明らかに看板娘。


 ボロボロの見知らぬ商人が親しげに話していたら、かなり注目を集めるのは間違いない。


「ありがとう」


 俺は小さく礼を言いながら、明らかに疲労困憊の商人を装う。見るからに金を持っていない商人。トボトボと『テーブル席』に腰掛け、『来客』を待つ。


 冒険者達が、自尊心が高い事は把握済みだ。看板娘が仲良く話していた、みすぼらしい他所者(よそもの)商人に自ら声をかけて来るのは間違いない。



ガンッ!!



 乱暴に置かれた木製のビールジョッキに、俺はわざとビクッと身体を震わせたが、こんなに早く釣れた事に驚いたのは本当だ。


「おう! どこぞの商人さん! ここは冒険者の酒場。お前さんみたいな商人がくるのは珍しいんだぜ!! 他国から来たのかい?」


 声をかけて来たのは、駆け出し冒険者だろう。大きな身体だが、装備は下級。立居振る舞いから見るに、大した冒険者ではない。


 だが、それだけで決めつけるのは時期尚早。あらゆる可能性を探りながら、その真意を見極めるのも大切な事だ。


「えっ? そうなんですか……? すみません。今日、辺境の村から王都に出てきたもんで……。も、もしかしてかなり優秀な冒険者さんじゃないですか!? その引き締まった巨躯に、顔の傷!! 屈強な魔物との戦闘の跡でしょう!!?? 私の勘が言ってます!! あなたは将来、冒険者を背負って立つ男に間違いない!!」


 俺は大袈裟に嘘をついた。


 威圧的な男はだいたいこれで『おちる』。男は少し驚いた顔をしつつも、みるみる満面の笑みを浮かべると、ニカッと笑い、口を開く。


「ガッハハハッ! さすがは商人だ!! 見る目があるぜぇ!! なぁに、謝る事はねぇさ!! せっかくの縁だ! 楽しくやろうじゃねぇか!」


 すっかり上機嫌になった男の頬は微かに赤い。なかなか酒も入っているようだし、適当におだてながら、情報を抜き出すのは簡単そうだ。


 俺は再度、【超感覚】を使用し、周囲の者の反応を伺う。先程よりもこちらを気にしているようだが、俺をバカにしているような者もいる。


(よし。『無能の商人』の出来上がりだ! あとは酔っ払ったフリをして点々とテーブルを回ると、かなりの情報が手に入るぞ!!)


 最後にめぼしい者を探せば完璧だ。


「あ、あぁ。ありがとうございます。それにしても、ここの皆さんは全員が冒険者なんですか……!! ほ、本当にすごい!! 皆さんとても強そうで、カッコいいですねぇ!!」


 俺は必要以上に声を張り、感嘆の声をあげる。


 何人かはピクッと反応しており、俺は一瞬でそれを記憶する。装備のランクが被らないように、声をかける人間をリストアップすると、目の前に座った男に声をかける。


「私の村には冒険者さんがいなくて、よく知らないんですよ。なんの取り柄もなくて、商人を続けているんですが、一度はあなたみたいな英雄に憧れた事もあるんです! ぜひ冒険者のイロハを教えて頂きたい!!」


「ハハッ。確かにそんなヒョロヒョロの身体じゃ、商人しかできねぇわなッ!! よしっ! 任せろ!! 俺になんでも聞いてくれや!!」


 男は豪快に笑うと、俺の見なりを確認しながら、


「どうせ、そんなに金も持ってねぇんだろ? 今日は俺が奢ってやるから、安心して飲めよ!!」


 と続け、グビィッと全ての酒を飲み干し、俺の分の食事や酒も一緒に注文してくれた。


(おぉ。なかなかカッコいいヤツだ。冒険者ってやつはなかなか粋だな!!)


 俺はそんな事を考えながらも、情報収集を開始した。



ーーーーー

【あとがき】


明日も2話投稿します!

昼、夜の予定ですので、よろしくお願い致します。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る