第5話 元諜報員は情報収集に向かう 



ーーー王都 安宿「憩い」



 俺は隠れ家を後にすると、しばらく【透過】したまま過ごし、安全を確保してから、【透過】の持ち主である女風呂を覗いていた子供『ラミー・ペイジ』の容姿に変化し、革命軍潜入時に使用していた高価な衣類や装備を売ってお金を作った。


(ギルドの資金を使えないのは少し痛いな……)


 給金など貰っていなかった。必要な物はギルドに申請し、現物が支給される。結局、俺の手元に残ったお金は50,000J(ジュエル)。


(かなり時間を使ってしまったが、リリアへの別れの言葉も残せたし、なかなかいい滑り出しだな!!)


 などと唯一の仲間と呼べる存在の事を思い出しながら、商人風の衣類を調達し、目についたボロ宿「憩い」に入った。


 いつもの癖で、入り口、受付、客室、トイレから風呂場まで《鑑定》、《解析》と容姿を変化させ、なんの痕跡もない事を確認し、念のため逃走ルートを確保すると、やっと自分の顔に戻った。


 一泊、5,000J(ジュエル)。

 ボロボロの商人風の衣類は1,500J(ジュエル)。


(やれやれ……。早急に資金面を解決しなければな)


 心の中で呟くが、悲観しているわけではない。余裕がなくとも、犯罪に手を染めたり、慌てふためいたりする事もない。



ドサッ……



 少し硬めのベッドに腰掛け、ふぅ〜っと息を吐きながら、自由を実感する。初めての自由は快楽物質が脳内に広がっているようだ。


 何をしてもいい。何もしなくていい。


 常に思考しなくてもいいのだ。成り代わる相手のスケジュールを反芻し、些細な癖や仕草を練習する事も、潜入先の構成員や組織の背景を記憶する必要もない。


(……最高だ。なんて幸福感なんだッ!! 無駄に全裸になって部屋を駆け回りたい気分だッ!! ……暇か。これが『暇』かッ!!!!)


 する事がない事にひどく興奮し、あまりの幸福感に驚嘆するが、チラリと部屋の窓に映る自分の顔はめちゃくちゃ無表情だった。


「…………アホくさッ」


 自分と目が合い、現実に戻ると、本来の目的を思い出し、『冒険者』になるための情報収集に取り掛かる。



 諜報員(スパイ)の基本は、情報収集にある。



 あらゆる情報を網羅し、あらゆる状況に備える。危機に陥らないように、情報という武器で、最善を選択し続け、任務を遂行する。


 俺はもう諜報員ではないが、幼い頃から諜報員として生きてきたので、諜報員(スパイ)の生き方しかわからない。


(もうそろそろいい時間だろう。……酒場に行くか)


 ギルドから追手が出ている事は間違いないだろうが、なんの問題もない。


 諜報員のメンバー同士の関係も希薄だし、俺自身も、構成員はジャングとサムを含めて8人しか知らない。ましてや俺の存在を知っているメンバーは、ジャングとサムを除けば、以前行動を共にしたリリアしかいない。


(うぅーん……念のため顔を変えておけば、まず俺は捕まらない。どうせすぐに、辺境都市か『貧困街』に走るだろう……)


 俺はそんな事を考えながら、念には念を入れる。


「《百面相(ハンドレッド・フェイス)》。《カーティス・ラランド》……」



パッ!!



 目の前の鏡には、以前潜入した戦地の、斥候の男の姿がある。比較的、地味な顔でボロボロの商人の服がよく似合う。


 ギフトは【超感覚】。


 全ての感覚を研ぎ澄ませ、他者の力量を肌感覚で察知したり、声色や表情から感情を読み取ったりと、情報収集や現状把握に長けているギフトだ。


 『契約者』の容姿になると、その者のギフトしか使用できないのが【百面相】の難点だ。


 俺の顔のままなら『全て』が使えるが、それはまだ"心の準備"が出来ていない。


 追手に警戒しすぎるのも考え物だが、このギフトならば、追手への警戒と情報収集がどちらもできる。ボロボロの服を少し破り、手の甲の『焼印』も隠せば、『長旅で疲労困憊な商人』の完成だ。



 以前行った冒険者の調査では、あくまでユアンのパーティーメンバー『ロン』の事や、その時の依頼内容ばかりを探ったが今回は訳が違う。


 冒険者になる方法の調査だ。


 潜入先の情報は全て網羅しているが、俺は一般的な常識を知らない。俺自身はずっと闇に紛れていたし、潜入先はどれも「死地」だ。


 危ない人物や場所、裏組織の知識はいくらでもあるが、『普通の庶民』がどのように過ごしているのかなど知っているはずがないのだ。


「よし。行くか……」


 冒険者が多く集まる酒場『笑月(ラフ・ムーン)』へと向かうべく、夜の王都へと繰り出した。


 


ーーーーーーー

【あとがき】


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