ワーゲン

川谷パルテノン

旧車に乗って

 大学二年のサマーバケーション。とくにめぼしいイベントも起きず私は帰省した。想像とはまるでかけ離れた現実ってやつはテンションが下がる。私は田舎を出て都内の大学に進んだ。親父が運転する車で新幹線の停まる駅に送ってもらったのが二年以上前。そう考えると月日は百代の過客にして行き交う私は時の旅人ってわけ。ロマンチズムはそれなりにあったが小っ恥ずかしくて表に出さない。そういう姿勢に難があったのかもな。

「サトミ、あんた家でうだうだしてないで散歩でもしてらっしゃいよ」

「こんなクソ田舎のどこに華やぎがあるっての。やだよ」

「何もないからいいんじゃない。バカね」

「バカですはいはい」

 私は実家の箪笥を全部開けたり閉めたりした。母はついに気が狂ったものと思ったかシカトを決め込んだ。私はあるものを探していたのだ。それは私がまだ赤ちゃんの頃のアルバム。七五三の折くらいまでは載っているかもしれない。私は私が無条件に可愛かった頃を享受することで平穏を保とうとしたわけである。そして見つけた。まあ言わずもがなとはいえ言ってしまうが死ぬほど可愛いやんけ。しかし父も母も若いな。あれこれ私が生まれる前?

「お母さーーん」

「何ー? 今ちょっと手ぇはなせないから」

「そんなんあとでいいからちょっとこっち来て!」

「今手離せないって」

「いいから」

「もー、何よ」

「ニシシシ」

「あんたまたイニシエの」

「よろしおますな仲よろしくて」

「今仲良くないみたいじゃない」

「仲良くないじゃん」

「仲良くないわよ」

「お母さんってさ、なんで親父殿と結婚したん?」

「どうだっていいでしょ」

「なんで?」

「しつこいな」

「なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで」

「うるさいな! お母さんね、別にお父さんのことそんな好きじゃなかったのよ」

「衝撃やな」

「今も」

「じじい泣くど」

「でもね。初めてデートするって日、お父さん取り立ての免許でバカだから車買ってわざわざ迎えにきてくれたの。運転は死ぬほどヘタクソで行こうって言ってたラーメン屋に着く前にボンネットからネジ吹き飛んでね」

「ワイルドスピードの話?」

「まあだいぶテンパってたけどなんか可愛かった」

「それでか」

「車の話よ。今も乗ってる赤のビートル」

「え あのポンコツ」

「お父さんの悪口はいいけどビートルの悪口は許さんど」

「じゃあ車でお父さんに決めたの?」

「そう」

「まあ私の生誕に関わるからあれだけどあんた大概やな」

「なーんとなく続いてあんたが生まれたんよ。ビートルに感謝なさい」

「複雑だよ。だからあんな大事に乗ってたのか」

「そうだ。お父さん釣り堀に居るから迎えに行ってやんなよ」

「やだよ」

「またボンネットからネジ吹き飛んだらお父さん一人じゃ心細いでしょ」

「車で行ってんのかよ。歩いて十分だぞ」

「いいからほら」


 私は渋々釣り堀にやって来た。例の旧ビートル。田舎の景色に突如現れたデカいてんとう虫みたいだった。

「サトミ、なんしに来たんや」

「お母さんが迎えに行けって」

「ひとりで帰れるわ」

「大事な車、見守ってやれって」

「しょうもない」

「お父さん、あの車買ってよかったね」

「ああ?」

「ポンコツなとこ似てんじゃん。だったらお母さんも結局そういうことだよ」

 私は頭を小突かれた。親父殿のビートルは大変乗り心地が悪く、当時の母の心境に想いを馳せる。ともあれビートルの繋いだ今である。私は少しだけオンボロ車に感謝した。


「お父さん、今なんか変な音しなかった?」

「そうか?」


 ボンッ

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ワーゲン 川谷パルテノン @pefnk

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