第八殴・お風呂から出たら服を着よう。
「ふゅぅぅ......あったまった.....」
熱を帯びたままの体をバスタオルで拭きながら、僕は着替えを入れておいた白いカゴを探す。
まだ外は明るいし、まだネェも妹も帰ってきていない。
この早風呂は僕の日課のようなもので、沸きたてのお湯にまっさきに浸かり、日々恐ろしい腹パンに耐え続ける腹筋さんを労わっている。
何百発もの腹パンをもらい続けた結果、気付けば腹筋は6枚に割れてしまっていた。
.....すこし真ん中あたりがこぶし大で凹んでいるように見えるのは気のせいかな。
そんなことを考えていると、洗面台に置いたままだった僕の携帯から着信音が鳴った。
直感的に、誰からの電話かはすぐにわかった。
僕は急いで携帯を取り、呼び出し主の名前を見る。
『科宮 朋羽』
やっぱり、科宮さんだ。
鼓動が速くなる。体がもっと熱くなった気がする。
僕はあわててバスタオルをハンガーにかけて、緑に光る通話ボタンを押した。
「もしもし?笹間だよ」
僕が話しかけると、電話の向こうの科宮さんは少し喜んだ様子の声で返す。
『笹間くん!突然かけちゃってごめんね~。なにかしてる最中だった?』
「ううん、お風呂入ってたけどもう上がってるから大丈夫だよ」
なんか向こう側で『お風呂あがりの.....笹間くん.....』みたいな変な声が聞こえた気がしたけど、多分気のせいだ。気のせいったら気のせい。
聞こえなかったことにして、僕は科宮さんに問いかける。
「どうしたの?なにか困りごとがあったの?」
『ううん違うの!そうじゃなくってね......』
否定がだんだん小声になっていく科宮さん。
あのそのえっと.....とどもりはじめて、ついには黙りこくってしまった。
「科宮さん.....?」
返事は帰ってこない。
もしかして、僕の対応がまずかったのだろうか?
科宮さんに悪い印象を与えてしまったかもしれない。
「し.....科み....」
しかし、そんなものはただの杞憂だった。
突然、僕の声をかき消すくらいの大きな声で、科宮さんが叫ぶように言った。
『笹間くん.....!!』
「はっ....はい!!?」
『明日からの三連休って.....空いてますか......?』
「.....え?」
『あっ....予定があるならいいの!あるなら気にしないでね!?』
もしかして、ただそんなことを聞くためだけに、あんなに溜めに溜めてたの......?
そんな会話、もう何百回としてるのでは.....?
.....いや待て、まさか.....まさか.....
僕はそこまで考えたとき、気づいた。
これ、前にもあったパターンだ。
「いや、予定はまったくないよ!むしろ空きすぎてて寂しいくらい!」
前にまったく同じことが3回あった。
一度目は下校中で、二度目は昼休みの廊下。
そして三度目は、今と同じ....電話。
僕は完全に、科宮さんの言いたいことを確信した。胸の鼓動がだんだん、速く強く変わっていく。
これは、これは....
『ほんと!?ほんとにないの?』
「うん!ないないナイスガイだよ!」
『あっそれは面白くないかな....』
ちょっと傷ついたけど、そんなことは気にならない。
僕は高鳴る胸を押さえながら、科宮さんの言葉を待つ。
だってこれは、だってこれは....
『じゃ、じゃあ笹間くんっ.....!』
科宮さんが大きく息を吸うのが聞こえた。
そして、科宮さんはまた叫ぶように僕に言った。
『日曜日、デートに行きまーーーー』
「ーーーーたっだいーまたっだいーまぁあ........あ」
「......あ」
脱衣所兼洗面所の扉が開いて、妹が僕を凝視する。
対する僕、全裸で通話中。
僕は固まったまま、緩んだ手から携帯が落ちた。
妹の顔が真っ赤になるのは、光よりも速かった。
「な......な......な.......」
「まってまってまって琴音!これには深い事情がーーーー」
愛する妹、琴音の右足が飛んでくるのも、光を超えた速さだった。
「なぁぁぁぁぁに裸で通話してんじゃクソ兄いいいいいいい!!!」
琴音の右足が僕の脇腹に直撃し、僕は浴室のドアめがけて飛ばされた。
「ぐふぅぅぅぅぅぅおおおおお!!!」
浴室のドアをぶち破って、そのまま僕は浴槽へと一直線に落下した。
「ぶぼぼぼぼ......おびごぼぉ.......」
水に沈んでいく僕。
真っ赤に茹で上がったような顔で立ち尽くす琴音。
かすかに僕の携帯から、混乱した様子の科宮さんの声が響く。
とりあえず、今年最初のデートは勝ち取った.....。
ここで記憶は飛んでいる。
笹間くんに腹パン。 五倍子染 @yuno_nagare
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