第23話

 ややもしてすっかり教室から日の光が消えていた。


 僕は教室の電気をつける。


「——で、大好きな僕を孤立させた理由は?」


「独占欲」


「は?」


「知らない? 人間の三大欲求の次の三欲求、金、名声、独占の中の一つだよ」


「いやさすがに独占欲は知ってるよ」


 三中欲求っていうのは生まれて初めて聞いた……。だったら三小欲求というのもあるのかな……?


「わたしって、こう見えて欲張りなの」


「……と、おっしゃいますと?」


「欲しいものはなんでも手に入れたいんだ。手に入らないものならなおさらね?」


「わからないな……。言ってはなんだけど、僕は手を伸ばしたらすぐ手に入るほど安い男だよ?」


「それ、自分で言っていて悲しくならない?」


「うん、ちょっと……」


「そんなスーパーの安売りみたいな友田くんでも、自分を戒めている曲げられないルールが一つあるよね? わたしはずっと見てきたからわかっちゃったんだ」


「ルール?」


 榎本さんはふふんと得意げに鼻を鳴らした。




「——学園最強の恋愛マスター友田くんは二度同じ人を好きにならない」




「あ……」


 なるほど。榎本さんの真に欲しいものは僕そのものじゃなくて……。


「そう。わたしが本当に欲しいものは、君の。——これは自信を持って言えるんだけど、友田くんはわたしのことが一度好きだったでしょ?」


「うぐっ……。な、なんでそのことを?」


 ちくしょう、バレていたのか……。


「簡単なことだよ。わたしはわたしのことが好きな男子を昔からわかっちゃう能力の持ち主なの」


 いいな、その能力!

 僕だけじゃなく、世の中の鈍感ラノベ主人公とか呼ばれるやつらに分けてやってくれ……。


「まあ能力っていうのは冗談だとして、女子ってさ、自分のこと好きな男子ってだいたいわかるもんだよ?」


「で、僕が君のことを好きだって知ってて今回の件を企んだわけ?」


「企むって失礼な……。わたしは友田くんと同じように仲介役をやってみただけ。どんな気分なんだろうって体験してみたかったの」


「で、どんな気分だった?」


「うーん……あえて言うなら、はがゆい? ふりとは言え、何度も一条くんのことを好きって自分に暗示をかけなきゃいけなかったし。役に入り込む的な? 一条くんのことが好きなのに別の人を紹介するって、けっこう気持ちの面できつかったなー……」


「オスカー女優並みだね。僕もすっかり騙されたよ」


「ありがとう。あとは友田くんのご推察の通りだよ」


「僕と一条くんと高橋さんを引き合わせて、今回の事件を起こした……。ついでに河合先輩と春原まで巻き混んで罪悪感を植えつけたってところか。僕に二度と引き合わせないために……」


 最終バレそうになって、自分から罪の告白したふりをして全部一条くんに罪をなすりつけたしな、この悪魔め……。


「そうそう、凛ちゃんには申し訳なかったけど、友田くんの二度目の恋はわたしのものだしこのゲームから降りてもらったの。凛ちゃんって意外に積極的でわたしも途中ではらはらしちゃったけど、そこは友田くんを信頼していたわたしの勝ちかなー?」


「僕が河合先輩を二度好きならないって、そう信頼していたってこと?」


「そう。ちなみに凛ちゃんに杏里ちゃんのところに行くように仕向けたのもわたし。あの子、なんだかんだ言って君のことが好きだったみたいだし、ついでにね?」


「いや、そうだとしても大丈夫。春原は対象年齢外だから」


「えっと、同い年だよね……?」


「ビジュアル的に彼女に手を出してしまったら色々終わってしまう気がしてね」


「杏里ちゃんにとても失礼なこと言ってるの、自覚してる?」


 榎本さんにツッコまれようとかまいやしない。

 だって僕はロリコンじゃないから!


「じゃあ僕の悪い噂を流した張本人は……」


「さあ? 誰かな?」


「あらっ……。そこは誤魔化すんだ?」


「誤魔化すと言われてもわたしじゃないから」


 どうやら嘘は言ってないみたいだ。


 だったらいったい誰が? なんの目的で?


「人の悪い噂を流すとか、わたしの美学に反するし。陰湿な外道のすることだよ」


「おいおい、人を散々ハメ倒してる君が美学とか言うなよ……」


「それでも好都合だったよ? 結果的に友田くんは学校中の嫌われ者になったわけだし、今回の一件で完全に孤立して、唯一すがれる人はわたしだけになったから」


「残念。大事な人たちが抜けてるよ? 先生たちは僕の味方だからね!」


「これも自信を持って言ってるけど、君、先生たちから相当評判悪いよ?」


「えっ? なにその新事実っ? そこんとこ詳しく!」


「この教室だって勝手に使用してるし、成績は中の下から下の上くらい? はっきり言うとお前勉強せずになにしてんの? ってレベルみたい」


 それ今日イチ聞きたくなかったな……。

 まさか先生たちに嫌われてるとか……。

 勉強頑張ろう……。


「でもこれではっきりわかったよね? この学校で君がすがれるのはわたしだけ」


「いいや、新たに友情を育めば——」


「わたしが全力でその芽を摘む!」


「いやそこは肩の力抜いていこうよー……」


「大丈夫。友田くんにはわたしがついてるもん」


 そう言いながら榎本さんはピースしてみせる。


「いや、全力でお断りする! ヤンデレとか無理! 重い!」


「ヤンデレって失礼な……。それならせめてドクデレにして。普段は独占してるけど彼氏の前だけではデレるって感じで」


「いや、ドクはドクでも『毒』の間違えだろ?」


 毒デレ……。

 なんかヤンデレよりも相当たちが悪そうなネーミングだ……。


 などと考えていたら、いきなりグイッとネクタイを引っ張られた。

 慌ててバランスをとると、すぐそばに榎本さんの笑顔があった。


「……いい? 友田くんはわたしのもので、わたしにこれから二度目の恋をするの。

どうしても恋に落ちないというのならストックホルム症候群を引き起こすために社会生活が送れるギリギリくらいまで君を追い込んだり、必要ならマインドコントロールもやぶさかではないけど、わたしは絶対に友田くんを見捨てたりしないし、献身的に接するように努めるよ。

これだけ友田くんを愛してくれる高校二年生の女子はわたしくらいだけど、それでも付き合わないって言うつもりなのかな?」


 なんてことだっ!

 告白なのに全然グッとこないっ!

 発言の節々が猟奇的過ぎる上に、約半分は脅しだもんなっ!


「……あの、一ついい?」


「なに?」


「僕、どうやら君のこと大嫌いみたいなんだ」


「そう? わたしは友田くんのこと大好きだけど?」


 僕はネクタイを引っ張っている手を振り払って、榎本さんから距離をとる。


「残念だったね……。君が望んでも僕の二度目の恋は手に入らないよ?」


「どうして?」


「君はやり過ぎた。ついでにしゃべり過ぎでもある。欲張りが仇になったね? 欲張りすぎてボロを出しちゃったんだから」


「次はもっとうまくやろうっと……」


「次があればね? この件は白日のもとに晒して、僕は普通の高校生活を営むことにするよ」


「すごい自信だねー? 全校生徒の嫌われ者がどうやって人を信じさせるつもりなの?」


「ふふふ……。こっちにはこれがある!」


 そう言って僕は上着のポケットに手を入れた。


「——……ん? あれ? あれれー?」


 な、ないっ?

 この日のために昨日閉店間際のヨド●シで買ってきた例のあれがっ!


「お探しのものは、これ?」


 不敵な笑みを浮かべる榎本さんの手に握られているものは、まさしく僕が買ったICレコーダーだった。


 哲太たちが出て行った後、録音開始してポケットに忍ばせていたのに……。


「い、いつの間にっ?」


「んーと、さっき抱きついたとき」


「か、返せっ!」


「はいどうぞ」


 おっと、やけに素直に返したな?

 ……ん? んんっ?


「え、えーっと、録音ボタンは?」


「最初に切っておいた」


「つまり、ほとんどなにも録音されてないってこと……?」


「だって告白の言葉を録音されるとか恥ずかしいもん! もうっ! 告白音声をデータで残すとか友田くんの鬼畜っ! でもそういうところも好きー!」


 僕はその瞬間床に両膝をつき、完全に脱力していた。

 そして改めて実感した。


 ——だめだ。今の僕じゃあこの女には勝てねぇ、と……。

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