第22話
「さて、じゃあ榎本さんの正体がわかったところで、どうして僕を——いや、僕らをハメ倒したのか教えてもらえるかな?」
僕は目の前で不敵に微笑む榎本さんに問いかけると、彼女はふふんと鼻を鳴らした。
「そんなこと、ご自慢の推理力で当ててみたら?」
「そう? だったら僭越ながら——あ、でも違ってたら違うって言ってくれたほうが嬉しいかな」
「まあ、それは内容次第かな?」
第二ラウンド? いや、これはラスボス戦だ。
僕にはもう失うものはなにもない。
後戻りはできない。
だったら前進あるのみだ。
気を引き締めろ。
僕は自分を奮い立たせ、目の前でほくそ笑むこの悪魔に対峙する。
「まず君の目的だけど、僕を完全にこの学園から孤立させることが目的だよね?」
「ふ〜ん……。どうしてそう思うの?」
「こうして僕が完全に孤立したから。——もっとも、僕は君の手の平の上に乗っかったんじゃない。僕自身がその選択をして、君の言葉に同調し、逆に利用させてもらった」
「へぇー……。どうして自分から孤立する選択肢をとったの?」
「本来の君をこの場に引きずり出すため。案の定、君はこうして教室に一人残って、心傷の僕に優しい言葉をかけて虜にしようとした。でも詰めが甘かったね?」
僕は余裕そうに笑って見せた。
「友田くんにはわたしがいるもんって、そこまで君と僕は深い関係だったっけ? 極め付けはハグとキス。僕を落としにかかったの? 残念だけど、さっき一条くんを好きだって言っておきながらすぐに鞍替えするような子は、僕は信じられないな」
「でも私の勝ちなんだよね? ——友田くん、本当に孤立しちゃったわけだし」
「まあね。刺し違えてでも本当の君と話してみたかったから」
「クスクス……。やっぱり友田くんって面白い!」
そう。代償は十分すぎるほど払った。
教室を去って行った中で、今後僕に自分から話しかけていこうとする人はいないだろう。
もっともそれは、僕の悪い噂を信じている全校生徒たちも一緒なのだろうけれど。
「それで、どうして君を孤立させる必要がわたしにあるの?」
「一番知りたいところはそこだけど、さっきのキスシーンで一つだけわかったことがあるよ。君は僕を使ってなにかゲームをしていたってこと」
「違う……と言いたいところだけど当たらずとも遠からず。そう。これはゲームに近いかなー?もちろん友田くんを落とすためのね?」
「やっぱりそうか。僕を落としたらその次はどうするつもりだったの?」
「恋人になって、デートして、数年後には結婚ってところかなー?」
「……それ、あまり嬉しくはないけど、いちおう告白として受け取っておくよ——その上で丁重にお断りさせていただきます」
「どうして? わたしって見た目も可愛いし、スタイルだっていいほうだと思うんだけどなー?」
「自分でそれ言う人にロクなやつはいないって、これ僕の持論」
特にうちのお隣さんがいい例だ。
「友田くんが望むなら、わたしのこの身体、好きにしていいんだよ? あ、勘違いしてほしくないんだけどわたしはいちおうヴァージンだからね?」
「すごく魅力的な提案だけど遠慮させてもらうよ。——というより、榎本さんには僕よりももっと相応しい人がいるんじゃないかな?」
「その相応しい相手に君を選んだの」
「僕が相応しい? どうして?」
榎本さんはすっと椅子から立ち上がった。
「——だって君、壊れてるもん」
「僕が壊れてる?」
「自覚ない? 実はね、わたし、去年から君のことずっと見てきたんだ」
「そんなに前から榎本さんに注目されていたとは気づかなかったよ」
「気づかれないようにしたんだもん。——それでね、友田くんを見ていてわかったことがあって……」
「というと?」
「君、自分の好きな子でも平気で他の男にくっつけるよね?」
「それは、まあ……」
とりあえず、君もその中の一人なんだけどね、とは言わないでおいた。
「どうして? 本当に好きじゃなかったの?」
「僕以外の誰々くんを紹介してって頼まれた時点で僕の恋は終わってるんだ」
「一度は好きになった相手なのに、そのあたりまったく執着がないよね?」
「そんなことはないよ? まあ、多少は……河合先輩についていえば未練はあるかもね」
それでももう引き返せないと思うと、あの明るい笑顔をもう見られないと思うと、僕はたまらなく悔しくなる。
「でも、好きになった子に幸せになってほしいから必ず成功させるつもりで仲介役を引き受けてたんだ。——まあ形はいびつだけど、これが僕なりの誠意と言いますか……」
「そこが壊れてるって証拠。普通さ、どんな手を使っても好きになった相手と付き合いたいって思わない?」
「同じこと、河合先輩にも言われたよ。いや〜、世間一般の普通と僕の普通は違うかもしれないし」
「凛ちゃんには私がそう擦り込んだからね?」
「なんてひどい女だ。今ので完全に幻滅した。あんな優しい河合先輩を思い通りに操作したってことだよね、それ?」
「背中を後押ししただけだよ〜」
榎本さんは悪びれもなく笑う。
「わたしはね〜、どんな手を使ってでも欲しいものを手に入れたいよ」
「だったらさ、どうして直接僕に告白してこなかったわけ?」
そう。
どうしても僕はそこが知りたかった。
どうして榎本さんは僕を孤立させた上で手に入れようとしたのか……。
「もしかして、学校中の嫌われ者になった僕を受け入れることで、周りからの評価を高くしたかったとか? 榎本さん優しいねって感じで……」
「そんなことで評価が上がるわけないよー。むしろなんであんなやつと〜って、評価が下がっちゃう方だしー」
「だったらどうして?」
すると榎本さんが僕に近づいてきて、屈託のない笑みを浮かべる。
「教えてあげる代わりにわたしと付き合ってくれる?」
この人は本当に笑顔のレパートリーが広い。
子供みたいに無邪気に、でもどこか邪悪で、たまに清楚な——そうして表情を使い分けるのが上手いけれど、僕は、ずっと虚像を見せられていて、そうして好きになってしまっていた。
——つくづく恐ろしい女だ、榎本小晴。
「君と付き合うくらいなら一生知らなくてもいいかな?」
「ヒドっ! ……なーんて、これはちょっとずるい条件交渉かなー?」
ずるいって、今更この人はなにを言っているんだろうねー……。
「話してもいいけど、このことって誰かに話したりする?」
「話したところで僕の言葉を信じる奴なんて誰もいないってこと、わかってて言ってるよね、それ?」
「ふふーん。さすが自分の立場をよくご存知で」
「自分の正体を現しておいて何を今更……」
榎本さんは教卓に座るとわざとらしく足を組み直した。
……本当にどうでもいいことなのだけれど、僕が黒ストッキングに弱いこともおそらくリサーチ済みなのだろう。
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