第20話
「はぁ? なんで俺がっ!」
「友田くんはさっき言ったよね? この中の誰でも可能性があるって……」
「だからなんで俺なんだよっ!」
「愉快犯……」
「おい、いい加減にしろよ榎本……女だからって言っていいことと悪いことがあるぞ?」
「ちょ、ちょっと二人とも——」
僕が止めに入ると、
「女だからとか、そんなこと関係ない!」
と、榎本さんは毅然とした態度で哲太に向き合った。
「そもそもこれって全部友田くんの推理だよね? だったら証拠は? 渡辺くんは証拠もないのに人を犯人扱いするわけ?」
うわー…痛いところ突かれちゃったなぁ……。
そうなのだ。
これだけ言っておいてなにも証拠ない。
つまり、必要なのは犯人の自供だけ。
どうやら榎本さんには気づかれていたみたいだ。
「俺は作太郎を信じてる!」
「そんなの証拠にならない!」
「ならなくてもいい。俺を犯人扱いするって言うなら、俺が犯人を見つけ出してきっちりと落とし前をつけさせる! もちろん榎本、お前が犯人だってわかったら、そのときはわかってるな?」
「わたしは脅しなんかに屈しない……。でも、わたしがもし犯人だったらそのときはなんでもするわ!」
「……その言葉、忘れんなよ?」
そう言いながらも哲太は「チッ」と舌打ちして一人イラついていた。
疑われたのがよほど気に食わなかったんだろう。
愉快犯……きっと哲太じゃない、はず。
でも哲太も状況的に可能性あって否定できない。
などと考えていたら、榎本さんが不意に振り、申し訳なさそうに頭を下げた。
「ごめん、友田くん……」
「あ、えっと……急に謝ったりしてどうしたの?」
「友田くんの推理通り、友田くんを利用したのはわたしだったから……」
「え……?」
「ちょっとハルっち!」
「ちょっと待ってくれ!」
僕が驚くと同時に、河合先輩と一条くんも驚いてみせた。
「ごめん二人とも……。でももう無理。これ以上友田くんを苦しめたくないの……」
榎本さんの瞳から一筋の涙が白くて細い顎に流れた。
「一条くんとの件、ほとんど友田くんの言う通り……。一条くんに相談されて、わたしが動いたの……」
それから榎本さんは、少しためらいつつ、
「友田くんの推理の中でただ一つ違っていたところは、わたしも一条くんが好きだったってこと……」
と言った。
「そうだったんだ……。でも、じゃあなんで高橋さんとくっつけようとしたの?」
「大好きな人の幸せを優先させただけ」
そうか……。
僕と同じ考え方の人がもう一人いたんだな……。
「ごめん、凛ちゃん……わたし、凛ちゃんのことも言わないといけない」
「ハルっち……」
河合先輩はなにかを言いかけ、胸元でキュッと拳を握る。
覚悟というより諦めと言った方がいいのか、河合先輩はそれ以上なにも言わなかった。
「たぶん友田くんならとっくに気付いていると思うけど……」
僕はため息を一つ吐いた。
「その可能性はほぼゼロだと思ったけど……やっぱり?」
「うん……。ごめん凛ちゃん、わたしの口から言ってもいい?」
「……」
河合先輩は黙ったままだったが、やがてゆっくりと首を縦に降った。
「友田くんはそもそも、凛ちゃんが矛盾してるって気づいてた?」
「あ、うん、いちおうは……。春原から話を聞くまで気づかなかったけど……」
「凛ちゃん、前に友田くんと会ったとき、わたしを紹介したって言ったんだよね? ——あれ、嘘なんだ。そもそも凛ちゃんは友田くんに恋愛マスターをやめさせたがってた。友田くんが実は傷ついてるって知ってたからね……」
「そっか……。それで嘘というのは?」
「わたしが凛ちゃんに、凛ちゃんが紹介したってことにしておいてって頼んだの」
「それはなんのために?」
「そうすれば凛ちゃんと友田くんの間に共通の話題ができるし、わたしという存在を通じて凛ちゃんが友田くんに近づくきっかけができるって……」
「つまり、それって……」
「——凛ちゃんは友田くんのことが好きなの」
僕は河合先輩の方を向いた。
不意に目線がかち合う。
河合先輩は顔が真っ赤に…とはならなかった。
泣いた後の赤く腫れあがった目と青白い表情。
それはどこか寂しそうな兎のようにも見える。
しばらく顔を見合わせたが、河合先輩は「ごめんなさい」とだけ言い残して教室から出て行った。
その様子を見てなにかを感じ取ったのか、春原もゆっくりと扉の方へ向かう。
「す、春原?」
「友田……ごめんなさい。いつもボッチなわたしのこと、気にしてくれていた……。いつも頼ってくれた……。でも、違う。本当は、わたしの方が友田のこと頼ってた……。でも、騙すようなことして……もう顔向けできない」
「そ、そんなこと僕は気にしてないってば!」
「ううん……。わたしが気にしてる……。だって、わたし……ううん。やっぱりなんでもない……ごめん、友田……」
そう言って教室から出て行く春原。
「わたしも帰るね……」
今度は高橋さんが出て行こうとするが、一条くんが引き止める。
「な、なあ花音……」
「気安く名前を呼ばないで!」
「ち、違うんだって……俺はただ君のことを……」
「もうこんなゲームに付き合うなんてうんざり! どうせわたしのことなんか、わたしのことなんか……」
高橋さんは眼鏡を外し涙を袖で拭った。
「高橋さん……ううん、花音ちゃん……ごめんね……」
榎本さんもいたたまれなくなったらしい。
高橋さんにかける声が震えていた。
「小晴ちゃんが謝ることなんてないよ……全部、この人が悪いんだから……」
「それは違うよ! 一条くんは花音ちゃんのことをっ!」
「たとえそうだとしても、わたしは誰かの犠牲の上に立ってまで幸せになんてなりたくない……」
一条くんまで涙目になっていた。
高橋さんとの別れを身にしみて感じているんだろうか。
「犠牲って、もしかして僕のこと?」
「わたしも人のこと言えない……。友田くんのこと、利用しちゃったし……」
「僕は犠牲になったなんて思ってないよ?」
「ううん……わたしもこの人と同罪だから……ごめん、友田くん……」
そう言うと高橋さんはよろよろと力なく教室から出て行った。
「ちょっと待てよ花音! まだ話は——」
「いいや終わった。お前、見苦しいぞ?」
高橋さんの後を追おうとした一条くんの前に哲太が立ちはだかった。
「だから邪魔するなって言ってるだろうっ!」
今度の一条くんの拳は哲太の頬をとらえた。
殴られた哲太は顔をしかめているが、やり返そうという意思はないらしい。
「いってぇー……」
「わ、悪いっ! ついカッとなって……」
「それは俺も同じだ。さっきは俺もついカッとなっちまったし、これでおあいこだな?」
「渡辺くん……」
「いろいろ冷静になって考えたらさ、たぶん俺もお前と同じ立場だったら、惚れた女を手に入れようとして同じことしてたと思うし……」
そう言って哲太は泣き崩れた一条くんの肩に手を置く。
「さ、腹も減ったし、なにか食って帰ろうぜ? な?」
哲太は冷静を装っているが付き合いの長い僕にはわかる。
哲太がなにかに腹を立てているってことくらい……。
「なあ哲太……僕は哲太のこと疑ってないから!」
僕は必死にそう言うと、哲太はふっと笑って視線を落とした。
「それ聞いて安心した……」
「あ、あとさ——」
「でも、そこの榎本が言う通り俺にもお前の噂を流したって疑惑がある以上、その疑惑を晴らすまではお前のこと親友だって名乗れねぇ」
「そんなこと気にするような間柄じゃないだろ! 僕の噂なんてどうだっていいよっ!」
「なあ作太郎……。だったらお前、どうしてあの場で安藤さんだけじゃなくて俺にも可能性はないって否定しなかったんだ?」
「っ……!」
「俺たちの間柄はお前の言う可能性に負けたんだ。その程度の付き合いだったのかって思ったら、ちょっと残念だった……」
「ご、ごめん哲太! 僕はそんなつもりじゃ……」
哲太は寂しそうに笑った。
「——いいさ。お前といて楽しかったぜ、元親友……」
そう言うと、力なく立ち上がった一条くんを連れて教室から出て行った。
「あーしもなんかだるいし帰るわー」
タイミングを見計らうようにして安藤さんも教室から出て行く。
特に引き留めはしないけど、安藤さんもなにか思うところがあるらしい。
とりあえず、哲太との関係を取り持ってほしいなんてことはもう言ってこないだろうな……。
果たして、ガラガラになってしまった教室には僕と榎本さんだけが取り残された。
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