第19話
哲太はそう言ったが僕の見解は違う。
「哲太、それは違うよ。噂を流したのは別の人物。そもそもそんなことしても榎本さんにメリットはないからね?」
「いや、だってよ、告白が未然に防がれて得するのは、好きでもないのに告白しようとしている榎本と、告白を阻止したい高橋の二人だろ? ほかに誰が得するんだよ?」
「例えば……僕とか?」
「おいおい……」
「まあそれは冗談だけど、もう一人、榎本さんの告白を先延ばしにしたい——いや、高橋さんの告白を早めたい人物がいるだろう?」
「先延ばしにしたいって、まさか——」
哲太がそう言うと高橋さんも席を立った。
「そんなっ!」
どうやら高橋さんも気づいたらしかった。
高橋さんの告白を早めたい人物なんて一人しかいない。
高橋さんは、さっきまで支えにしていたはずの一条くんから徐々に身を引く。
「そんな……輝くん……嘘、だよね?」
「か、花音、なにか誤解しているよ?」
「いやっ! 近づかないでっ!」
「た、頼む! 俺の話を聞いてくれ!」
「おっと! ちょっと待った!」
一条君が高橋さんに近づこうとした瞬間、哲太が間に割って入った。
「まだ話の途中だろ? 大人しく座っておけよ」
「そこを、どいてくれないかな、渡辺くん……」
「悪いが作太郎の話を聞く方が先だ——」
哲太がそう言うやいなや、一条くんの拳が振り上げられた。
「どけって言ってんだろぉー!」
哲太の顔に一条くんの拳が突き刺さる瞬間、哲太はそれをすんででかわし、逆に一条くんの胸ぐらを掴んだ。
「お前、いいから黙って座っておけ……」
哲太が一条くんの耳元で低い声を出した。
一条くんは顔を真っ青にし、額から汗を流している。よっぽど動揺しているみたいだ。
「作太郎、続けろ」
「ありがとう哲太……。ごめん高橋さん、怖い思いをさせて……」
高橋さんは腰が抜けたように床に座り込んだ。
さっきまで立ったままだった安藤さんが「大丈夫か?」と高橋さんに寄り添っている。
「これでピースは一通り揃ったみたいだ。それじゃあ一つ一つ組み合わせてみるね?」
僕は気を取り直して、これまでのことを整理して話し始めた。
「いちおうここまでをまとめると、僕の推理だと、僕をハメた実行犯は榎本さん。そして黒幕は一条くんだったってわけ」
僕が淡々とそう言うと、重々しい空気が流れた。
「さて、一つはっきりさせたいことがあるんだ。今回の件で誰が誰のことを好きかってこと」
僕は人差し指を立てた。
「まず榎本さんは一条くんのことが好きじゃない」
これだけははっきり言える。
けど、榎本さんは相変わらず無言を貫いていた。
「ただ一点、一条くんは高橋さんのことが好きで、高橋さんも一条くんのことが好きで、両想いだったってこと。お互い両想いで、少なくともこの数日間は上手くいっていた」
恋は盲目だって聞くけど、無理やり目を覚まさせるようなことをしてちょっとだけ気が引ける。
でも、これは高橋さんのためでもある。
その後の二人の関係は二人で決めたらいい……。
「でも、それは作為的に作られた関係だった。全ては一条くん、君が仕組んだんだよね?」
「そんな、僕はただっ!」
「お前は黙ってろっ!」
哲太が一条くんに怒鳴ったことで周りの女子たちが震え上がる。
本気で怒った哲太を見るのは僕も初めてだ。
ほんと、頼りになるやつで助かったよ、親友……。
「一条くんの気持ちまで嘘だとは言ってないよ? ずっと高橋さんのことが好きだったんだよね? でも、中学時代のこともあって、二人の関係はなかなか進展しなかった。二年になって別々のクラスになって余計に疎遠になっちゃったし、君自身高橋さんに告白したところで成功しないだろうことはわかっていた」
一条くんはもうどうにでもなれって顔をしている。
僕の推測もあながち間違っていないということだろう。
「そこで君は榎本さんに協力を頼んだ。もともと三人は同じクラスだったし、高橋さんと榎本さんがよく話していたのも知っていたんだよね?」
「……だったらどうしたって言うんだよ?」
一条くんの目が血走っている。
「筋書きはこうだ。まず榎本さんに頼んで高橋さんをけしかける。そして榎本さんは僕のところに来て偽告白の依頼をした。恋愛マスターである僕を利用することで高橋さんはよりいっそう焦るだろうからね。運良くその後に高橋さんがやってきて、恋愛相談というよりも事実確認。まんまと高橋さんを焦らせることに成功。ここまでは順調な流れだった。——でも、イレギュラーなことが起きた」
「イレギュラーなこと?」
哲太が首をかしげる。
「告白の予定が早すぎたこと。なにせ僕はほとんど全ての部活動の活動場所と休日を把握してるからね。いきなり明日って言われた一条くんはそこでミスを犯した。時間を先延ばしにしたかったら、来週で、とかでもいいよね? でも、告白を先延ばしにする理由がその場で思い当たらなかったんじゃないかな?」
「っ……」
一条くんの表情を見たらどうやら図星だったらしい。
唇を真一文字に結んで黙ったままだったけど僕から目線を逸らしたのではっきりした。
「そこで一条くんは噂を流した」
「おいおい、それって……」
哲太が一条くんの方を見る。
「そう。——全部、一条くんの自作自演だよ。高橋さんが告白するまでの時間稼ぎに中学時代の自分の噂を自分で流したんだ」
「なっ……」
哲太含め、みんな思わず言葉を失ったみたいだった。
冷静に考えれば、さすがにそこまでするか、という疑念すら浮かびそうなこの状況で、誰一人声を上げようとしなかったのは、当の一条くんが反論もせず沈黙していたから。
「僕はそのあと榎本さんに告白をしないと言われた。でも、僕としては真相を確かめたかったし、その上で榎本さんの告白を成功させたかったからすぐに一条くんの元に行った。一条くんの話を聞いて感銘を受けた僕は、一条くんが素晴らしい人だって榎本さんの誤解を解いちゃったんだ」
まあ、榎本さんだったら一条くんが自分で噂を流したことくらいお見通しだったのかもしれないけど。
「そして僕はその話を聞いて高橋さんのところに行った。告白は明日の放課後だって伝えた……いや、これは僕の身勝手な行動だから一条くんを責めるのはお門違いだよね? 僕が甘かったんだよね? 結果的に高橋さんをけしかけちゃったわけだしね?」
自分を責める言い方をしながらも僕は腹の底から怒りが湧いていた。
自問してみる。
どうして腹が立つんだろう?
プライドが傷つけられたからかな?
一条くんにまんまと誘導されてしまったというのなら、僕も恋愛マスターとしてまだまだだったってことだし、掌の上で踊らせられていたというのなら僕の失態だ。
それにしても、なんだろう、この腹の底から込み上げてくる怒りは?
「なあ作太郎」
「え? あ? なに?」
哲太に声をかけられて僕ははっと我に返った。
どうやら僕は怒りで我を忘れかけていたらしい。
「もう一つ気になってたんだけどよ、結局お前の悪い噂流したの、誰だ? この中にいるのか?」
「ああ、そうだったね? まあ、今更どうでもいいことなんだけど」
「いいや良くねぇ。俺はそんなことをしたやつが許せねぇ。曲がりなりにもお前は俺の親友だ。だったらお前を傷つけたやつを、俺は絶対に許せねぇ!」
「哲太、拳を収めて……。僕はもう気にしていないから」
「でもっ!」
「哲太、この際だから言っちゃうけど、その件は僕にもわからないんだ。愉快犯だったら、この場合この中の誰でも可能性はあるだろうし……」
「お前の推理じゃ河合先輩や春原じゃねぇんだろ?」
「それは僕がそう思いたくなかっただけ。——あと、少なくとも安藤さんにはメリットがないってことくらいしかわからない……」
もちろん損得で考えればだ。
証拠がない以上、誰にだって可能性がある。
もちろんこの場にいない人間かもしれないし、僕自身の自作自演って可能性だって捨てきれない。
——つまり僕は、まだ真実に行きついていない。
「つーことは、一条、高橋、榎本の三人のうちの誰かかっ?」
「わ、わたしは違うわっ!」
「お、俺もそんなことしてないっ!」
慌てた様子で弁解する高橋さんと一条くん。
ただ一人、榎本さんだけは違っていた。
「——友田くんの話だと、噂を流したの哲太くんも有り得るってこと?」
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