第18話
「あーもうわけわっかんねぇ!」
急に安藤さんが叫んだ。
「被害者だとかゼンテージョーケンとか、マジで意味不なんだけど? つーかもっとわかりやすく言ってよ。あーしバカだからさー」
なぜだかイラついている安藤さんに僕は向き合った。
「ねえ安藤さん。僕の……いや、恋愛マスターの役割ってなんだと思う?」
「はぁ? そりゃあ誰かと誰かをくっつける仲介ってとこ?」
「そう。僕は仲介役として今まで何組ものカップルを成立させてきた」
「は? なに? 自慢?」
「どっちかっていうと皮肉かな? 僕自身は今まで誰とも付き合ったことないしね」
「自分のアパートに女連れ込んでるだろーが」
「それは局所的な災害に遭ってるだけだよ……。ま、そのことは置いておいて、僕が今までやってきたことは安藤さんのいう通り仲介役。誰かから依頼を請けて、そのお膳立てをしてきたって感じ」
「ふーん……。それってすげーことなんじゃねぇの?」
「べつに誇れることじゃないよ。単に頼まれたら断れないだけだしね」
そう。僕は人から頼まれたら断れない優柔不断で八方美人な性格なんだ。
それでいて妙に凝り性だったりするから、仲介役は天職というよりも適職だったんだろう。
「例えばだけど、僕に仲介役を頼む人ってどんな人だと思う?」
「そりゃあ、好きな人がいるのになかなか踏み出せなくて、それでも告白を成功させたいってやつ……とか?」
「まあそんなところ。つまり、告白を成功させたいっていう前提条件のもと、みんな僕のところにやってくるんだ。……でも、もしその前提条件が間違っていたらどうかな?」
「間違う?」
僕はゆっくりと榎本さんと高橋さんの顔を見た。
「つまり、告白を成功させたいってこと自体がフェイクだったらってこと」
「は? なんでそんな意味不なことするんだよ?」
「それは俺も聞きたい……」
恐る恐る口を開いたのは一条くんだった。
「それは、花音か榎本さんのどちらかが俺に嘘告白するために友田くんを利用しようとしたってこと?」
「まあ、それに近いかな?」
すると榎本さんと高橋さんは同時に立ち上がった。
「ヒドい!」
「わたしたちがそんなことするはずないよっ!」
僕に向けられる敵意——が、恋愛マスターの僕にはわかる。
彼女たちは真実に迫られて焦っているんだ。
「そもそもタイミングが良すぎたんだよ。ほぼ同時にやってきた依頼、グループLIMEで広がった一条くんの中学時代の誹謗中傷、そして僕の悪い噂……。意図的に誰かが仕組んだとしか考えられないんだ」
それまで黙って聞いていた哲太が口を開く。
「確かにな……。榎本の失恋……いや、高橋さんの告白が成功した翌日には友田の噂が広まってたし、俺も噂が回るのが早すぎるとは思ってたんだ」
「とりあえず、二人の間でどんな話が取り交わされたのか教えてくれないかな?」
高橋さんは眉をしかめた。
「わたしが榎本さんとなにかを画策したということ?」
「僕はそう睨んでる」
一条くんは高橋さんの顔を見た。
「花音、まさか……」
「違うよ一条くん! わたしは本気で一条くんのことっ!」
「だったら本当のことを話してくれ! 俺、もうなにがなんだか……」
一条くんが困惑するのも無理はない。
「そもそも高橋さんの仲介役を僕は断ったんだ。先に榎本さんが来て一条くんとの間を取り持ってほしいと頼まれたからね。結果的に付き合うようになったのは一条くんと高橋さんだけど」
そこで哲太がはっとした顔になった。
「つまり……作太郎をハメたのは——」
どうやらみんな気づいたらしかった。
みんなの視線が一気にその人物に集まる。
「——残念ながら榎本さん、君だね?」
「もう一度聞くよ? 榎本さん、僕をハメたのは君だね?」
僕がそう言うと、榎本さんはただ黙ったまま悲壮感のこもった瞳で僕をじっと見つめていた。
「言いたくないならべつにいいよ。代わりに僕の考えを聞いてくれるかな?」
榎本さんはやはり黙ったままだった。
「まず前提条件だけど、実のところ榎本さんは一条くんに対して好意を持っていなかった、と仮定しよう。哲太、この場合どうして榎本さんは僕に仲介役をお願いしたかわかる?」
「そうだな——まあ、端的に言えば高橋さんの告白をキャッチして未然に防ごうとした。まあ理由まではわからないけど。あるいはお前に取り入るためか、陥れるためか……」
「それをしたら榎本さんにどんなメリットがあると思う?」
「わかんねぇな——あ、そういや榎本は風紀委員だったよな? 恋愛禁止、誰かと付き合うのは不純異性交遊だー的なので阻止しようとしたとか?」
「でも、仮にそうだとしても、だったら一条くんとの仲を取り持った結果、一条くんと榎本さんの二人が付き合いだしたら本末転倒じゃないかな? そもそも僕が仲介役をしていた時点では途中まで勝ちゲーだったわけだし」
「確かに……。恋愛禁止にしているはずの風紀委員が男子と付き合うわけにはいかないわな」
「とういうかそもそも校則は恋愛禁止じゃないし」
「まあ、そうだよな——ん? そ、そういうことか!」
どうやら哲太は気づいたようだ。
「気づいた? でもま、結論を急ぐのは早いよ。ここは高橋さんに聞いてみよう」
「わ、わたし?」
みんなの視線が今度は高橋さんに向いた。
「わたしはなにも知らないよ!」
「ううん。高橋さんは知らないんじゃなくて上手く操作されたんだ。河合先輩みたいにね」
「えっ? そ、操作された?」
「まず、どうして高橋さんは僕のところに来たの?」
「それは仲介役をお願いしようと思って……」
「ううん。僕が聞いているのはそれ以前。どうして一条くんに告白しようと思ったの?」
「えっと——一条くんに告白しようとしている子がいるって聞いたから」
「誰から?」
すると高橋さんは言葉の代わりにその人物の方に視線を向けた。
「話しづらいんでしょ? 大丈夫、調べはついてるから。去年同じクラスだったんだよね? ——榎本さんと」
僕がそう言って榎本さんに視線を向けると、教室中がざわついた。
「二人、知り合いだったのかっ⁉︎」
どうやら哲太も知らなかったみたいだ。
そりゃそうか。同じクラスだったらまだしも、別のクラスの生徒なんていちいち覚えていない。
「二人の接点が見つかったところで、そのときどういう話をしたのか教えてくれる?」
「う、うん……。久しぶりに榎本さんが図書室に来て話したの。一条くんとの関係はどうって。前にわたしが彼のことを好きだって話してたから、榎本さんは知っていて……。あとは話した通り、一条くんのことを好きだって女の子がいて、友田くんのところに近々相談に行くって聞いていたから……」
「そうか。それで僕が高橋さんの依頼を断ったことで確信を得た——というより、確信を得るために僕のところに来たんだね?」
「うん。やっぱり噂は本当だったんだなって……」
「そっか……。少し話は飛ぶけど、高橋さんの告白が成功した後、榎本さんのところに行ってなにかを話したよね?」
「ああ、それなら俺も見ていたぜ?」
哲太がそう言うと高橋さんはコクンと頷いた。
「友田くんの噂を聞いて榎本さんを問い詰めたの。どうして図書室に来たとき一条くんに好きな人がいるって自分のことだと教えてくれなかったのって……」
「僕の噂が流れるまで、一条くんに告白しようとしている相手が榎本さんだと知らなかったんだね?」
「そう——どうしてこんな回りくどいことをしたんだろうって……。そしたら榎本さんが、こうでもしないとわたしが告白に踏み切らないからって……」
哲太が口を開いた。
「榎本さんが高橋さんに発破をかけたってわけか? ……ん? ちょっと待て。だったら一条くんの噂を流したのは——」
哲太の視線の先にみんなの注目が集まる。
「——やっぱ、榎本さんか……」
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