第17話

「……プッ! アハハハハッ!」


 一瞬の沈黙を破るようにいきなり笑いだしたのは安藤さんだった。


「なにそれバッカみたい! あんたのことハメたやつがこの中にいるっ? は? あんたマジで言ってんの?」


「いたって本気ですが?」


 安藤さんは一人大笑いしているが他のメンツはただただ困惑の表情を浮かべたまま沈黙している。


「で? こんな大勢の前で探偵みたいに推理を披露しようとしてんの?」


「ええ」


「あんたドラマの見過ぎ!」


「でも、事実だから仕方ないので」


「マジで自意識カジョー。あんたのことなんかハメて誰が得すんのー? そういうの被害モーソーっていうんじゃない?」


「まあ、そう言われると思ってました。じゃあ安藤さんは帰って大丈夫です」


「はぁっ? なにそれムカつくっ! じゃあなんであーしを呼び出したんだよ!」


 僕はいきなり安藤さんに胸ぐらを掴まれた。


「殴りたければどうぞ。それで気がすむのなら」


「ああそう? じゃあ遠慮なく——」




「——やめてっ!」




 榎本さんの声が教室に響き渡り、安藤さんは振り上げた拳をピタリと止めた。


「あん? 榎本……なんであんたが止めんだよ!」


「暴力はさすがにダメだよ……」


「あんた、こいつのせいで変な噂が広まっただろ? こいつにムカついてねぇのかよ?」


「べ、べつにわたしは……」


「ふん……。優等生ぶって」


「ゆ、優等生ぶってなんか……」


「マジでさ、あんたのそういうところムカつくんだよ!」


「そんな……」


「よせよ安藤さん!」


 そこで哲太が止めに入った。

 榎本さんは涙目になりながら河合先輩の陰に隠れる。


「ねえ友田くん……。もうちょっとわかりやすく説明してくれないかな? さっきからわたし、なにがなんだかこんがらがって……」


 さすがの河合先輩も困惑を通り越して多少怒り気味だ。


「河合先輩はどうしてここに呼ばれたかわかります?」


「わたしが友田くんのことを嫌いかどうか確かめるため?」


「それはもう済んだので河合先輩も帰っていいですよ?」


「ちょ……それどういうこと?」


「言葉通りの意味です」


「ここまで人を巻き込んでおきながら?」


「まあ、それについては謝ります」


「まあって、君ね……」


「じゃあ河合先輩は僕のことが好きですか?」


「そ、そんなわけないじゃない!」


 河合先輩は大声で怒鳴った。

 その光景に驚いた周りの人たちが河合先輩のほうを向く。


「友田くんのことは嫌いじゃない! でも、これはさすがにヒドいよっ? 自意識過剰とまでは言わないけど自分勝手すぎっ!」


「確かに河合先輩の言う通りですね。ではそろそろ本題に入ります」


 僕は深呼吸をひとつして一人一人の表情をそれとなく観察した。


 困惑、怒り、不安、猜疑心……それらの表情が一斉に僕に向けられている。


「まず最初に……みんなアオハルデストロイヤーズって知ってるかな?」


「そのことは作太郎、お前から聞いたな」


 哲太がそう答えると、「わたしも」と河合先輩も答えた。


「他の人はどうかな?」


 榎本さんや高橋さん、一条くんは顔を見合わせてなんのことかわからずにいるみたいだ。


「一言で言うなら青春の壊し屋……匿名の掲示板で、人の恋愛を邪魔する不特定多数の秘密結社のような集団のことだよ」


 高橋さんが不安そうに口を開いた。


「そんな人たちがいるの……?」


「いや、いない。ただのデマだよ」


 僕がはっきりそう言うと哲太が驚いた表情をした。


「は? デマ? いないって…どういうことだよ?」


「だからあれは全部嘘。アオハルデストロイヤーズなんて存在しないってこと」


「はぁ? でもお前、自分で……」


「そうだ。僕はそういう存在がいるかもって可能性にすっかり踊らされていたんだよ。——つまり、僕らはいないはずの敵に翻弄されて随分と回り道をさせられていたんだ、哲太」


「よくわからないな。もう少し詳しく教えてくれ」


「数日前、僕は春原からアオハルデストロイヤーズの噂話を聞いた。恋愛マスターの僕と対立する存在がいるってね」


「ああ……。それは俺もお前から聞いたけど……」


「ただ、そんなものは最初から存在していなかった。全部春原がでっちあげたのさ」


「でっちあげた? なんで?」


 春原は否定も肯定もせず、ただ叱られた子供みたいにうつむいていた。


「春原、話してくれるかな?」


 多少の沈黙が流れたが、春原は観念したように口を開いた。


「……頼まれた」


「頼まれた? 誰から?」


 春原はゆっくりとその人物を見据えた。


「——河合先輩に……」


「っ……!」


 河合先輩の表情が急に強張る。


「えぇっ? なんで河合先輩がそんなことを春原に頼むんだよっ?」


 哲太の驚きは当然の反応だ。動揺は他のメンツにも広がっていく。

 が、河合先輩は春原に告げられたこともあってなにも否定できない状況だ。


「春原、もう少し詳しく説明してくれないかな?」


「うん……」


 大勢の視線が一斉に春原に注がれる。

 この状況は人とうまくコミュニケーションのとれない春原にとっては、居心地も悪いし緊張もするだろう。それでも彼女は口を開き、ゆっくりと事実を口にした。


「榎本さんの件、一条くんとの……その少し前くらい、PC室に河合先輩が来た。先輩とは話したことなかったけど、友田の共通の知り合いだから、少し知ってた……」


「それは河合先輩が榎本さんに、僕を仲介役で紹介してくれって頼まれた少しあとくらいのことみたい」


「時期は、それくらい……。いきなり来たから驚いたけど、友田の件って言われて、話を聞くことにした……」


「本当なの、凛ちゃん?」


 榎本さんが河合先輩を見ると、先輩はただ黙ったままコクンと頷いた。


「先輩はわたしにアオハルデストロイヤーズという存在がいるってこと、友田に伝えて欲しいって頼んだ……」


「なんでだよ? どうして河合先輩はそんなことを?」


「それは……」


 哲太が聞くと春原は口ごもった。僕に遠慮したからだろう。


「いいんだ春原。みんなに話しても大丈夫だから」


「……友田、誰かと誰かをくっつけるたび、あまり表情に出さないけど、傷ついていた。河合先輩、実は友田が先輩のこと好きだったこと、途中から知ってたみたい……」


 それ、みんなの前でぶっちゃけられるとなんだか恥ずかしいな……。


 まあ、事実だし終わったことだから仕方ないけど、終わった恋バナをほじくり返されているみたいでなんだかキツい。


「河合先輩、そのことに気づいていながら友田に依頼したことを後悔していたみたいだった。友田に悪いことしたって……」


「それで恋愛マスターを止めさせるって話になったわけか? 敵対する組織がいるってでっちあげれば、作太郎がビビって引っ込むと?」


「うん……。わたしも真直でそんな友田を見てきた。自分の好きな人、誰かとくっつけるたびに友田が傷ついてるの、知ってた……」


「で、春原は河合先輩に協力した。わざわざホームページまで作ったのは組織の存在を信じこませようとして……」


「友田、わたしたちがなにを言っても恋愛マスターを止めないと思ったから……」


「まあ確かに。俺が言うのもなんだけど、作太郎はずっとそんなこと繰り返してきたからな……」


 哲太がそう言うと、奥にいた高橋さんと一条くんもばつが悪そうに下を向いた。


「友田くん……」


 河合先輩は僕を見た。


「君の気持ちを知っておいて仲人役をさせたこと、今更だけど謝ろうと思う……。杏里ちゃんと二人で君を欺こうとしたことも……。本当にごめんなさい……」


 急に河合先輩が頭を下げたので、僕や周りのみんなは驚いた。


「先輩、頭を上げてください。僕はもう過去のことは気にしていないし、今回のでっちあげの件も自分のためだと知って安心しているので」


「でも……」


 先輩の目から涙がこぼれ落ちる。


「先輩のこと、今更だけど好きでした。いつも明るくて誰にでも優しくて……そんな先輩に僕は憧れを抱いていました。僕は先輩をいっときでも好きだった自分を恥ずかしいと思っていませんので、そんなに謝らないでください」


「——友田、くん……ごめっ……わたし……」


 こちらこそごめんなさいという気持ちになる。

 過去形の告白なんて聞かされたって嬉しくないだろうから……。


 それにしても僕の人生の告白が、まさかこんな感じになるとはな……。


 床に膝をつき泣き始める河合先輩を見て、みんないたたまれない表情をしていた——一人を除いて。


「——いいや、俺は解せないな」


「哲太……」


 哲太は泣いている河合先輩と春原を交互に睨みつけた。


「言い方悪いかもしれないけど、あんたらが反省したところで作太郎の悪い噂が学園中に広まった事実は変わらないからな。こいつが積み上げてきた信頼を壊すようなことをして、みんなから嫌われる羽目になって、こいつと付き合いの長い俺としてはどうしても今回の件は許せない」


 哲太は本気で怒っているようだった。

 おそらく僕の悪いグループラインを流したのも河合先輩と春原の仕業だと思ったのだろう。


 他のメンツもいるし、哲太の誤解を解いておこうか。


「いいや哲太、あの悪い噂を流したのは彼女たちじゃないよ?」


「は……? この二人が流したんじゃないのかよ? 恋愛マスターの信用がなくなれば作太郎がもう仲人をしなくて済むってことで……」


「うん。悪い噂を流した人物は他にいる——というよりも彼女たちも被害者なんだよ」


「被害者? どういうことだ?」


「踊らされていたのは彼女たちも一緒ってこと。そもそも前提条件を僕は間違えていた。手口が巧妙すぎて気づかなかったんだけど……」


「前提条件?」


「その件は榎本さんと高橋さんがよく知ってると思う」


 僕が発した言葉で、新たな疑惑と動揺が『恋愛相談室』に広まった。

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