第12話
その夜、家にいると哲太から電話がかかってきた。
『ウーッス親友! 今電話大丈夫かー?』
「本当に親友だったら安藤さんのグループに絡まれてたときに助けてほしかったんだけどね……」
『あー悪りぃ悪りぃ。なんかいい雰囲気っぽかったからさぁ』
「あれをいい雰囲気だって思えるのが、さすが空気読めないっていうか……」
『じゃあ安藤のグループに絡まれてた件はなんだったんだよ?』
「まあ、その件はおいおいするよ……」
まさか安藤さんに哲太との関係を取り持てと脅されたなんて言えるわけもない。
まあ、僕がいくら頑張ったところで、哲太のことだからどうせ今回も袖にするんだろうけどね……。
「で、そっちが電話してきたのは今日頼んでた件?」
『おうよ。収穫ありって感じだぜ!』
「ふむ。じゃあ報告を聞こうか」
哲太に頼んでいた件とは、端的に言えば榎本さんの身辺調査だ。
今日一日の中で、榎本さんに近づく男子がいなかったかを、榎本さんと同じクラスの哲太に見ていてもらったんだ。
「まず榎本に近づいた男子だが三人いた」
「三人か……。誰?」
『まずは俺』
「はい論外」
『はぁ? なんだよ論外って!』
「いや普通自分は入れないでしょ! というか、なんのために榎本さんに近づいたのっ?」
『へへへ。実は宿題のノートを忘れちまって……』
「なんだ、そういう理由ね——っておい! 普段からノートの貸し借りする仲なのっ?」
『いやー、借りてばっかりだけどな?』
くっ……哲太のやつめ。榎本さんと同じクラスだからって好き放題にしやがって……。
というか親友ならそういう情報を早く言っておけよな!
こっちは榎本さんと接点があったなんて今初めて知ったぞ!
『つーわけで今日も宿題のノートを借りたってわけだ』
「あそう。それで他に近づいた男子は?」
『隣のクラスの眼鏡くんで、たしか倉本とかいうやつだったな』
倉本くんか……。彼はどちらかといえば二次元に走るタイプだったはず。
去年同じクラスだったけどほとんど話したことがない。
「それで、どんな感じだった?」
『なんつーか、親しいというよりも事務的な感じだったな? 委員会がどうのこうのって……』
たしか榎本さんも倉本くんも同じ風紀委員だったっけ。
じゃあ今回の件には関係ないか……。
「じゃあ残り一人は?」
『野球部の松山だな』
ビンゴ。
やっぱり松山くんか。
「えーっと、普段から榎本さんと松山くんは親しかったの?」
『同中ってだけで親しくしている様子は見たことなかったけどなぁ?』
「そっか。ありがとう哲太」
『あ、ちょっとタンマ! 切る前にもう一つ報告が!』
「ん? なに?」
『近づいた男子は三人だったけど——』
「そのうち一人は論外だけどね」
『最後まで話を聞けよ! それよりもっと重要な人物が榎本に話しかけたんだよ!」
「重要な人物? 誰?」
『聞いて驚くなよ?』
「もったいぶらなくていいから早く」
哲太は電話口で溜めに溜め、深呼吸した音が受話器越しに聞こえてきた。
『——なんと五組の高橋花音だ』
「はぁ⁉︎ 高橋さん⁉︎」
『だから驚くなって言っただろ?』
「いや普通に驚くよ! なんで高橋さん?」
一条くんを奪った高橋さんがなんで榎本さんに近づいたんだ?
全然わからない……。混乱してきた……。
「それで二人はどんな様子だった?!」
『ちょっと険悪そうな感じ——で、少し話して高橋と榎本が一緒に教室から出て行ったなぁ……』
なにその状況マジで怖い……。
同じ男を巡って争った女子同士なにもなかったらいいけど、なにもないはずがないよね……。
「哲太、その後の様子は?」
『いや知らん』
「使えない親友だなぁ……」
『おい! 俺だって頑張って榎本をマークしてたんだぞ! ちょっとは労いの言葉が欲しいもんだ!』
「えらーい、えらーい」
『小学生かっ! ぜんぜん心が籠ってねぇ!』
「とりあえず教室に戻ってきた榎本さんの様子を教えてよ」
『えーっとだな——』
まさか取っ組み合いとかに発展してないよね? この泥棒猫! 的な感じで。
顔が赤く腫れ上がったり、制服や髪の毛が乱れたりしてなかったらいいんだけど……。
『——ちょっと笑顔だったな』
「は? 笑顔?」
『ああ。榎本はなんか嬉しそうに帰ってきたぞ?』
「嬉しそう?」
なんだろうこの違和感は……?
なんだ? 二人の間でどんな話が取り交わされたんだ?
『俺が見てて知ってることはそれくらいだな』
「……わかった。ありがとう哲太」
『おう。じゃあまた明日な——』
そう言うと哲太は電話を切った。
僕はなにか得体の知れない違和感を覚えながら切れたあとのスマホをじっと見つめる。
どうして一条くんを奪った相手と話す必要がある? なんで笑顔で帰ってきたんだ?
わからない……。ここは本人たちに会って確認するしかない。
それはそれとして——一条くんはどうなんだろう?
僕はスマホの履歴から一条くんに電話をかける。が、どうやら忙しいらしくて繋がらなかった。
とりあえずLIMEでメッセージだけ送っておくか……。
『サクタロー:高橋さんと付き合うことになったんだね? おめでとう』
送りかけたメッセージを見て送信前に指が止まった。
いや——今の僕がこんなメッセージを送ったらきっと嫌味になってしまうだろう。
とりあえずメッセージを消して、僕はベッドにゴロンと横になった——のだが。
ポニョン。
「ん? なんだこの感触は——ってえええぇぇぇーーー!」
「よ、青少年! ついにお姉さんを襲いたくなったのかい?」
「吉川さん! なんでここにいるのっ! というかどっから湧いて出た!」
ベッドに寝転んでいたのは吉川さんだった。
僕は不可抗力で吉川さんの胸を揉んでしまった……。
「湧いて出るとか失礼な! ちゃんと入ってきたよ! 窓から!」
「それ普通に不法侵入だから! あんたたしか大学で法律学んでるんじゃなかったっけ?」
「お隣さんなんだから固いこと言わなーい! それよりどうだったのー? お姉さんのおっぱいの感触は?」
「そりゃあ柔らかかったですよ! ああもうそりゃあびっくりするくらい!」
「にゃはははー! だったらイッパツどう?」
「青少年健全育成法って知ってます? あんたもうほんとなんなんだ! つーかまた人のワイシャツ着て! うわっ酒臭っ!」
「怒らなーいの! ほらほらー、心傷の青少年にお姉さんが熱い夜を提供してあげるんだからもっと喜びなさいよー?」
「なにバカなこと言ってんだか……」
ガハハハと笑う吉川さんを横目に見つつ、こっちはそれどころじゃないと叫びたい。
「こっちはそれどころじゃないって顔だねー?」
「いやなんでわかるの? 一言も言ってないですよね? 頭の中読まないでくれます?」
「ふふん——愛の力さっ!」
「親指立てんな! へし折りますよ?」
「そうカッカしないー。……で、やっぱり面倒なことになっちゃったみたいだねー?」
「電話、聞いてました?」
「まあ、途中からだけど。『本当に親友だったら』のあたり」
「それけっこう序盤ですよね? ほとんど全部聞いてたんじゃないですか!」
「うふふふ。それよりわたし、今回の真相がなーんとなく見えてきちゃったんだけどー?」
「はあ? 盗み聞きだけでなにがわかるんですか?」
「まあまあ。とりあえず今回の件、も少しお姉さんに話してみー?」
少しげんなりしながらも、僕は今日あったことも含めて詳細を吉川さんに話した。
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