第11話

「——しつれーしまーす」


 僕は三年三組の教室に入った。


 安藤さんの件があったせいか、一人黙々と机に向かって勉強している彼女を見て、僕はどこかほっとした。


「すみません、河合先輩……。ちょっとお話がありまして……」


 そう。河合凛先輩だ。


 僕は河合先輩から榎本さんのことを聞くために放課後教室で待っていて欲しいと連絡しておいたのだ。


 ただ、安藤さんに呼び出しを食らったせいで遅れてしまったのだけれど……。

 僕が申し訳なさそうにしていると、凛先輩は笑顔で迎えてくれた。


「いいっていいってー。他でもない友田君の相談ならさ。それで話ってなに?」


「あ、えっと……」


「もしかして、ハルっちの件?」


「は、はい……」


「噂は聞いたよ? 酷いよねー!」


「そ、それは誤解で——」


「大丈夫! わかってるって! 友田くんがそんなことする人だなんて思ってないから。酷いのは悪い噂を振りまいた人だよ!」


 良かった。どうやら河合先輩は僕の味方らしい。

 河合先輩が味方で良かった思うと、ほっとしてなぜか涙が出そうになる。


「それにしても誰なんだろうね?」


「そうですね……。それも気になるところですが、今は誰かを特定する必要はないかと」


「なんで?」


「どうやら僕、変な人たちに目をつけられているみたいで……。先輩、アオハルデストロイヤーズって知ってます?」


「なにそれ? アニメかなにか?」


 やっぱり河合先輩もアオハルデストロイヤーズを知らないみたいだ。


 僕は先輩に事情を話し、そういう他人の交際を邪魔するような人たちが三年生にいないかを聞いてみた。


「うーん、わたしは知らないなー……。それにしても、厄介な人たちに目をつけられちゃったねー」


「まあ実態がつかめないんでなんとも言えないですけど……」


「その人たちに相当嫌われてるみたいだね?」


「僕が悪いんでしょうか?」


「悪くはないけど、カップルを成立させた分だけ嫉妬を生み出してるんじゃないかな?」


「嫉妬?」


「だって、友田くんが成立させたカップルがいる中で——もし仮にだよ? 男の子の方をずっと前から好きだった女の子が別にいたらどう思う?」


 なんとなく、榎本さんと高橋さんの顔が思い浮かんだ。


「それは——余計な真似をしてくれたな、って思いますね……。僕は知らないうちにそういうヘイトを集めていたってことですか?」


「たぶん……。まあ、逆恨みもいいところだけど、世の中そういう人もいるからねー」


「ははは……。嫉妬するくらいなら告白しろって言いたいところですけど……」


 すると河合先輩は急に沈んだ顔になった。


「……それができたら苦労はしないよ?」


「え?」


「みんな思ったことを口にできてたら世の中カップルだらけになってるはずだもん。恥ずかしいとか、フられたらどうしようとか——関係性が崩れちゃったりとかが怖くって、フツーは口にできないもんだよ?」


「あ……」


「だから、みんな友田くんに頼るんじゃないかな?」


「……」


「ま、そう言ってるわたしも都合よく友田くんに頼っちゃった一人だけどねー!」


 笑ながら僕の肩を叩いてくる河合先輩。


 考えてみればそうだ。


 僕だって今まで好きだった人たちに自分の気持ちを伝えてきたことはない。


「そういえば、友田くんは誰か好きな人はいないの?」


「今はいませんねー」


「前はいたってこと? だれだれっ? 教えてっ!」


「あはははー——あ、そうだ、先輩にもう一つ聞きたいことが——」


「あー! 誤魔化したー!」


 実はあなたのことが好きでした、なんて言えるわけないでしょうに……。


「榎本さんの件です。実はさっき小耳に挟んだんですけど、彼女をよく思ってない人がいるみたいで……」


「まあ、誰だって全員が全員好かれているわけじゃないと思うけど、ハルっちはいい子だよ?」


「ですよねー? 今のは聞き流してください」


 やっぱり安藤さんが言っていたのはやっかみからだろうな。

 幼馴染の河合先輩がいい子認定を出してるんだからやっぱりいい子なんだろう。


「じゃあ、榎本さんの中学時代好きだった人とか知りません?」


「好きだった人かー……。学年が違ってたから噂程度でしか知らないけど——同級生に好きな男子がいたっていうのは聞いたことがあるよ?」


「誰ですか?」


「たしか——松山くん? だったかなぁ?」


「松山って——あの松山大志まつやまたいしくんですか?」


 松山くんは、たしか榎本さんと同じクラスだったはず。


 野球部で、中学時代はそこそこのピッチャーだったのだけれど、最近ではエース級に活躍していると聞いた。


「そ。でもまあ噂だからあんましアテにはしないでね? ところでさー」


 河合先輩がニヤニヤと俺を見てくる。


「な、なんですか……?」


「やっぱ友田くん、ハルっちのこと好きなのー?」


「えーと……」


 僕が答えずらそうにしていると、河合先輩は居住まいを直した。


「ふーん……。ちょっと察した。友田くんもつくづく苦労性だよねー?」


「わかってもらえますか?」


「正直に言っていい?」


「どうぞ」


 河合先輩が苦笑いを浮かべる。




「友田くん、ちょっとっていうか——だいぶ歪んでる」




「え? 歪んでる?」


「フツーさ、好きな人がいたらどんな手を使ってもその人を手に入れたいとか思わない?」


「その普通が僕にとっての普通じゃないんで……」


「でも、そうやって自分の気持ちに素直になれずにいたら、せっかく目の前にチャンスがあっても逃しちゃうよ?」


「チャンス、ですか?」


「そ。例えば、目の前に好きな人にフられた先輩がいたとして、その先輩が誰か身近な男子から声をかけられるのを待ってるって——そう思わない?」


 そう言って悪戯っぽく笑う河合先輩。


「身近って、どれくらいの距離感を言うんでしょうかね?」


「例えば——わたしと友田くんとか?」


 うっ……。なんてイタズラな目をしてくるんだ、この人は……。


「……それだと、僕が噂通りのクズ男になるんじゃないですか?」


「ううん。だってこの場合、その先輩が友田くんのことを好きになっていたんだから——だったら当人同士の問題であって周囲は関係ないよね? あとは友田くんの気持ち次第かな?」


 くうっ……。それじゃまるで河合先輩が僕のことを好きって——いやいや、そんなわけない。


 現に河合先輩は僕がここに来る前に勉強していたじゃないか。

 大好きな先輩のいる大学に進学するために……。


「……ったく、純情な後輩の心を弄ばないでくださいよー」


 笑ながらそう言うと、河合先輩も吹き出して笑った。


「ごっめーん! 友田くんの困った顔が面白かったからついー!」


 やっぱり冗談だったか。

 良かった……。

 脈ありかと思って、危なく告白するところだった……。


 そのあと僕は河合先輩と別れ、そのまま帰ることにした。


 河合先輩は塾がないからもう少し勉強してから帰ると言っていた。


 僕は心の中で、河合先輩に頑張れと応援しておいた。

 大好きな先輩のいる大学に進学できるように、と。

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