第10話
もうすぐ昼休みが終わる。
急いで教室に戻ろうとしていた僕は、教室の前の廊下で「おいてめぇ!」といきなり呼び止められた。
見れば七組の女子ヤンキーグループのリーダー——安藤麗奈さんが取り巻き二人を引き連れて仁王立ちで立っていた。
吉川さんみたいにグラビアアイドル顔負けの豊満なボディに鋭い目つき……。
美人だが危険すぎて僕程度じゃ近づいちゃいけない相手だ。
そんなデンジャラスビューティー安藤さんが僕の目の前にずいと寄ってくる。
取り巻きたちも僕が逃げないように背後へと回る。
この状況——怖すぎる……。
今にも下半身が洪水を起こしそうだ……。
「は、はい? 僕?」
「そう。てめぇだよ。話があるから放課後ツラ貸しな」
この様子だと榎本さんの件かな? なんだろ? 怖いな……。
「放課後はちょっと用事が——」
「逃げたらマジでボコボコにすっから。逃げんなよこのヤリ●ン野郎!」
ひえぇぇー! 超怖いんですけどっ!
あと僕は童貞なんですけどっ!
ちょうどそのときゴングが打たれたように始業のチャイムが鳴ったので安藤さんは取り巻きたちを引き連れて去っていった。
とりあえず今日の放課後の予定は決まったな。
もう一件別の予定があるんだけど……。
* * *
放課後になった。
僕が教室から出ると、すでに廊下には安藤さんの引き連れているヤンキーたちがたむろっていた。
ヤンキーの一人と目が合うなり、「おいっ!」と怒鳴られ、一斉に注目を浴びてしまう。
「おい友田」
グループの奥から安藤さんがゆっくりと出てきて、僕の前に立ちはだかる。
「てめぇ、逃げないなんていい度胸だな?」
「いや、逃げたら——」
「誰が話していいっつった!」
「ヒィー!」
えぇー⁉︎ そういうルールなのっ⁉︎
「フン……。ついてきなっ!」
「は、はいー……」
ヤンキーギャルたちに取り囲まれるようにしてどこかに連れて行かれる僕。
どこだろう? 校舎裏かな? それとも屋上? 僕はシメられちゃうんだろうか?
半泣きになりそうになりながら二組の前を通ったとき、ちょうど教室から出てきた哲太と目が合った。
「よぉ作太郎、安藤さんたちとどこ行くんだー?」
空気を読みたまえよ親友!
この状況、見てわからない?
僕、この人たちに拉致られたままこれからどこかに連れて行かれて、身ぐるみを剥がされて、恥ずかしい写真を撮られて、一生こいつらの奴隷として生きていかなきゃならないんだ——たぶん。
だから助けてくれえええぇぇぇーーー!
……というテレパシーを試しに送ってみた。
「あー、なるほど。つまりアレか? ——楽しんでこいっ!」
なにをっ? なんで親指立てちゃってるわけ?
「じゃあ俺は部活行くから頑張れよー! ハッスルハッスルー!」
爽やかな笑顔を残して体育館の方へと去っていく哲太。
あいつをほんの一瞬でも親友だと思った僕が間違っていた。
とほほ……。
* * *
安藤さん達に連れてこられたのは、特別棟にある普段は使われていない空き教室。
そう、ここは僕の拠点である『恋愛相談室』だ。
一つ上の階で吹奏楽部がプップカとラッパを吹いているので、僕が悲鳴を上げたとしても外には聞こえないだろう。
ああ、僕はここであんなことやこんなことをされてしまうのか……。
できれば最初はノーマルな感じでいきたかったなぁ……。
「おい、あーしとこいつを二人きりにしな!」
安藤さんはそう言うと取り巻きたちを廊下に出した。
まさかのタイマン?
教室には、僕と安藤さんの二人だけが残される。
安藤さんは窓の方を向き、僕に背中を見せた。
この異様な状況に、情けないことに僕はビビって膝が震えていた。
「は、話って、なんでしょうか……?」
「……」
「え、えっと、榎本さんの件ですか……?」
「……」
ほわっ! 安藤さんが怒りで肩を震わせているっ?
ヤバい! 殺される。
そうして十秒か一分か、それよりも長く感じるような沈黙のあと、安藤さんはようやく口を開いた。
「あ……」
あ? 「あ」ってなに?
「あ、あ、あ……——安藤さんって呼ばれたー! キャアアアーーー!」
「……へ?」
「哲太くん、近くで見たらマジイケメン! チョーカッコよかった! てか、ヤバくないっ?︎ あーしの名前覚えてくれてたんだー! え? え? え? もしかして前からあーしに興味があるとか? いやーん! まさかの相思相愛?」
「あ、あの……」
「うー——どうしよっ? 緊張してなにも話せなかったー……。変な子って思われてないかなー……。うっわ、どうしよぉー!」
「え、えーっと——安藤、さん?」
「あん……?」
「ヒエッ!」
「つーかなにビビってんの?」
「い、いえ、ビビってなんか……」
いや今僕はべつの意味で完全にビビってしまった……。
「膝めっちゃ震えてんじゃん」
「これは膝の病気といいますか、半月板がイカれてて……」
「は? 意味不。キショ。つーかあーしがなんであんたを呼び出したかわかってんの?」
「いやはい、もう嫌ってほど……」
……はいオッケー。よぉーくわかったよ、うん。
つまり、アレだな?
「えっと、安藤さんは哲太のことが好きなんですね?」
「オーーーイッ!」
「ヒャッ!」
いきなり詰め寄ってきた安藤さんにビビって後退するが、真後ろが壁で僕はいよいよ追い詰められた。
そして刹那、安藤さんの握り拳が音速を超えたスピードで振り抜かれた……気がした。
ドォオオオーーーン!
僕の左耳ギリギリのところで拳を壁を打ち付けたらしく、激しい音が教室に木霊した。
パラパラと粉が落ちて僕の肩に落ちる。
い、威力がハンパない……。
こ、これが世に言う壁ドンかっ? 吊り橋効果なのかっ?
いや、もはや恐怖しか感じないのだがっ?
「てめぇもっぺん言ってみろ……」
安藤さんはもはや「あれ、これってキスの距離なんじゃね?」と思うくらい目と鼻の先で僕を睨みながら低い声で脅してきた。
「だ、だから、その、安藤、さんが、その、哲太のことを、好き……」
怖すぎて舌が上手く回らない。
安藤さんは興奮気味で、ハァハァ言っている吐息が僕の頬に当たる。
いやこれ、マジで怖い……。
「てめぇ……」
「ヒイッ!︎」
「……さすがは恋愛マスターじゃねぇか」
「……はい?」
安藤さんがゆっくりと僕から離れていく。
「あーしの気持ち、簡単に見抜くなんてよ……」
見抜くもなにも、自分からあんだけヒントを提示していてわからないわけないじゃないか?
僕は鈍感主人公なんかじゃないぞ……。
「つ、つまり、僕を呼び出した件って、哲太のことですか?」
「あん? さっきからそう言ってんじゃねぇか!」
いや、一言も言ってないよ?
あと、いちいち睨んでくるの止めてっ! 怖いからっ!
「えっと、確認なんですが、榎本さんの件は関係ないんですね?」
「榎本の件? ああ、そういや誰かが噂してたな。昨日、好きな男に振られたって。いい気味だぜ……」
「いい気味?」
「前からあの女はイケ好かなかったんだよ……」
忌々しいと言わんばかりに安藤さんは眉間に皺を寄せている。
過去に榎本さんとなにかあったんだろうか?
「は、はぁ? それはどういう意味で?」
「つーか今は榎本のことなんて関係ねぇだろっ!」
「はいすみませんでしたー!」
「あん? お前もしかしてマジで榎本が好きなのか?」
「い、いえ……。僕はべつに……」
「ふーん。まあ、あーしにはカンケーないし——それよりもっ!」
「はいっ?」
「あーしに、て——哲太くんを紹介しなっ!」
ああ、本題はそっちだったね。
ただ、ちょっとそれは難しいかもしれないな……。
「紹介するのはべつにいいですけど——あいつ、好きな人いるんで無理だと思いますよ?」
「えっ……」
安藤さんの表情が硬直する。
そりゃそうだ。告白する以前に結果はわかりきっているのだから。
だから諦めた——かと思いきや、
「そこをなんとかするのが学園最強の恋愛マスター様だろ?」
と、前向き(?)なご意見が……。
「えぇえええーーー! んな無茶なー……」
「とにかくあんたはあーしと哲太くんがラブラブになるようにすることっ! そしたらあんたの噂を流してるヤツを見つけてやるよ!」
「は、はあ……」
今さらその必要はないんだけど……。
「ところで安藤さん——アオハルデストロイヤーズって知ってます?」
「は? プロレス団体?」
「いえ……。なんでもありません……」
「意味不なこと言ってないでちゃんとあーしと哲太キュンをくっつけること! いいなっ?」
「は、はぁ……。善処します」
というか哲太キュンって……。
いちおう念押しして、哲太を落とすのは相当難しいことは言ったつもりだったけど、安藤さんはすっかり妄想モードに入っちゃったみたいで全然聞いちゃいなかった。
……まあいいか。
とりあえず、安藤さんと榎本さんの件は関係なかった。
それどころか、安藤さんは榎本さんを嫌っていたということがわかった。
おおかた風紀委員の榎本さんと因縁でもあるんだろう。なんせ安藤さんヤンキーだしな。
榎本さんの件は、これから会う人物に聞いてみるか……。
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