1 - 第二章 「偉大であるとは、誤解されることなのだ」…だそうです

第8話

 四月二十四日、曇り。


 僕の生活に大きな変化が起きたのは榎本さんの依頼が失敗に終わった翌日のことだった。


 いつものように哲太と登校していると、なにやら周囲の視線を感じた。

 哲太はイケメンなのでこういうことはちょくちょくあるのだけれど、今日視線が向けられているのは僕の方——まさかのモテ期到来か!?


「ね、ねえ、あの人……」


「ああ、例の……」


「ひどいよねー……」


「い、行こっ……」


 ……どうやらモテ期ではなさそうな雰囲気——うん、わかってた。


 おおよそ理由は判明している。

 榎本さんを傷つけた件が早速広まっているのかもしれないな……。


「んー? なんか嫌な雰囲気だな?」


 周囲の空気を察した哲太が声をひそめた。


「そうだね……」


「まさか、昨日の一件のせいか? 榎本の……」


「たぶん、そうだろうな……」


 榎本さんの件が終わったあと、僕は哲太にこれまでのことを説明していた。


 哲太はあまり深いことは聞かず、とりたてて僕を非難するわけでもなく、ただ一言——


『お前って、ほんと馬鹿なやつだよなぁ』


 ——と呆れながら笑ってくれたので、その笑顔で、なんというか、僕は救われた気分になった。


 哲太は本当にいいやつだ。

 こうして僕を見放さずに一緒にいてくれる。——それが僕にとって心苦しくもあるのだけれど……。


「ま、気にすんな。べつにお前が悪いわけじゃねぇし」


「いや、僕が招いた結果だよ、これは。そもそも高橋さんに放課後の告白のことを言わなかったら良かったんだし……」


「ま、そりゃそうなんだけどな……」


 哲太は僕の代わりに大きなため息をついた。


「俺がお前と同じ立場だったら——って、やっぱ言わねぇわ。言ったら変にこじれる可能性があるからなー。現にこうなっちまったし」


「だよね……。僕もどうかしてた……。それにしても、みんな僕をどういう風に見てるんだろ? どんな噂が流れているのかな……?」


「ま、おおかた榎本小晴ちゃんを悲しませたひどい男って噂が流れてんじゃね?」


「うっ……」


 後悔と罪悪感がギュッと胃のあたりを締め付ける。


 情に流されたのは否めない。

 その結果、僕は自分で決めたルールの抜け穴を自分から高橋さんに教えてしまったのだ。


 高橋さんの一条くんへの想いを知っていたからこうなってしまったわけで、そもそも相談に来たタイミングが悪かった。——いや、高橋さんにとってはある意味で良かったのかもしれない。


 一条くんもまだ高橋さんに対して心残りがあったようだから、高橋さんの想いを受け入れることにしたのだろう——そのせいで榎本さんを傷つけてしまったんだけど……。


 一条くんの気持ちを否定することはできないと思いつつも、ちょっとだけ、それでいいのかと思うところもあったりする。


 これは、まったくの責任転嫁になってしまうのだけれど、榎本さんの気持ちはどうなる? 途中まで、上手くいっていたのに。


 あの場で高橋さんを振るという選択肢もあったはずなのに、けっきょく一条くんは榎本さんではなく高橋さんを選んでしまった。


 ——いや、これはただの恨み言だ。最低だな、僕は。


 実際、一条くんも、榎本さんも、高橋さんも悪くない。

 悪いのは、変に立ち回って余計なことをしてしまった僕。


 だから、こうして周囲に冷たい視線を浴びせられるのも仕方のないことなんだろう。


 榎本さんの裏切られて悔しいという気持ち、周りの非難を僕が浴びなければいけないのは仕方のないことなのだ。


「作太郎——今、仕方がないって思ってるよな?」


「なんでわかるのさ?」


「んー? お前の顔見てたらなんとなく。だけどよ……」


 哲太は顎に手を置いてなにかを考えていた。


「どうしたんだよ?」


「ん、いや……。俺の思い過ごしだったらいいんだけどよー……」


「思い過ごし? なにが?」


 哲太はなにかを訝しむように僕の顔を見て、


「榎本が見たっていう一条の悪口が書かれた西中の裏サイト、あれ、タイミングが良さすぎねぇか?」


 と、言った。


「どういうこと?」


「榎本が一条くんに告白する直前だったんだろ? なら、誰かがその裏サイトを意図的にクラスのグループラインで回したって可能性はねぇか?」


「告白を阻止するために? まさか……」


 でも、哲太の言い分ももっともだった。

 たしかにタイミングが良さすぎる——榎本さんが告白することを事前に知った誰かが、意図的にあの情報を流した可能性がある。


 ——なんのために?


 いや、わかりきっている——一条くんと榎本さんを付き合わせないためだ。


 僕はそこで、なにか大きな違和感を覚えた。


 一見、ここまでの話は辻褄が合っているように見える。いや、辻褄が合いすぎているというか、なにか、すんなり行き過ぎている気もした。


 一方でイレギュラーなことが起きたのは、なにか不都合なことがあったからだろうか。辻褄が合いすぎないようにするため? それともただの偶然?


 ——なんだ、この違和感は?


 この違和感の正体がなにかわからないまま、哲太はまた口を開いた。


「それともう一個。昨日の今日で関係ねぇ連中が噂を知るのが早すぎはしねぇか? 俺だってついさっきお前から聞いて知ったんだぜ? なんで朝っぱらからこんなに避けられてんだ?」


 僕が周囲を見回すと、数人の生徒がパッと視線を外して早歩きで行ってしまった。


 たしかに変だ。


 告白の妨害とも言える裏サイト……。

 昨日の今日で広まっている僕の悪い噂……。


 そのとき僕は春原がPC室でつぶやいた言葉を思い出した。




「——アオハルデストロイヤーズ……」




「なんだそりゃ? なんかのゲームのタイトル?」


「いや、そうじゃないけど……」


 哲太は怪訝そうな顔で僕を見た。


「哲太、お願いがあるんだけど……」


「おう? 何だよ珍しいな? 金ならないぞ?」


「違うって。——それで、お願いしたいことって言うのは——」




  * * *




 昇降口で哲太と別れたあと、僕は教室へと向かった。


 一人で教室に向かうと、余計に周囲の視線が僕に向けられているのを感じる。


「おい、来たぜ……」


「ひどいよねー……」


「腐ってる……」


 やっぱり僕のことのようだ。気にするな、と言うほうが無理がある。


 ため息まじりに教室の扉を開けると、一斉に視線が僕に向く。


 そして、またひそひそとなにかを話す声。


 僕は「おはよう」と何人かに挨拶すると、気まずそうに、


「よ、よお……」


「おはよ……」


 と言って離れていくクラスメイトたち。

 昨日までは仲が良かったのに——さすがに傷つくなー……。


 ホームルームが終わり、授業が始まる。

 授業中は視線が自分に向かないから気が楽だった。


 それにしても、やはりアオハルデストロイヤーズとやらが気になる。


 哲太には一つお願いをしておいたし、哲太のことだからうまくそのあたりをやってくれるはず。


 やはりここは、そのことについて知っている彼女に聞きに行くべきだろう。


 ——春原杏里。


 彼女はなにか知っている。

 アオハルデストロイヤーズの話を持ちかけてきたのは彼女だ。


 アオハルデストロイヤーズ……青春の壊し屋たち……。「たち」ということは複数の人間が関わっていると考えていいのだろうか。


 それにしてもだいぶ厄介だ。


 今まで恋愛相談を受けて厄介なことに巻き込まれたことは何度かあったけど、ここまで徹底して厄介だと、どこからどう手をつけていいのかわからない。


 だから、まずは身近なところから。

 春原に会って、確かめたいことがある。


 ——アオハルデストロイヤーズとはなんだ?


 そんなことをずっと考えていたら、午前中の授業がなにも頭に入っていなかった。

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