第3話
昇降口まで来たところで見知った顔に会った。
「あ、河合先輩」
「あー友田くん! おひさー!」
彼女は
スポーティーなショートカットの超絶美少女。
明るくて、人当たりも良くて、学年や男女問わず人気がある。
いかにも運動部って感じだが頭も相当良いらしい。
この人に欠点があるとすれば僕を好きじゃないことくらいか——いや、それはさすがに危ない思想か。
とりあえず、こんな素敵な人と一緒にいて好きにならないはずがない。
そんな彼女のキャッチフレーズは『みんな大好き凛先輩』。
「あ、なんかイメチェンした? 髪型とか」
「ほらまた適当なこと言って……。ま、先週切りましたけど」
「やっぱしてんじゃん、イメチェン!」
「どうですか?」
「うん、カッコイイと思う!」
憧れの人に褒められると素直に嬉しい。
「先輩もイメチェンしました? 前は肩ぐらいまでありませんでしたっけ?」
「あ、わかるー? 最近暑くなってきたしちょっと切ったんだー。中学生みたいじゃない?」
えへへへ、と笑いながらその場でくるりと回って見せた河合先輩。
くぅー……可憐だ!
屈託無く笑うところとかリアクションとか! この人、男心を掴むのが完璧過ぎるっ!
……というわけで、もちろんというか、やっぱり僕は以前河合先輩に恋をしていた。
ただ、もちろんというか、やっぱり彼女にも別に好きな人がいたわけで——うん、過去のこと過去のこと。忘れよう忘れよう……。
とりあえず今の僕らは、廊下で会ったときに挨拶やちょっとした会話を交わすくらいの関係で収まっている。
「友田くんも今帰り?」
「はい、そうです。僕はいつもの……」
「あ、いつもの恋愛相談? さっすが恋愛マスターだね。今度は誰のキューピットさんになるのかなー?」
「キューピットって……。なんなら背中に羽を背負って弓でも持ちます?」
「うーん……。想像してみたけど、それはちょっと引くかもー」
「ですよねー」
「ちょっと、可愛いと思ったけどね」
可愛いって、あんまり男子に対する褒め言葉じゃないよな。
そりゃまあ、ちょっとは嬉しいけどさ……。
「そーいや河合先輩は今帰りですか?」
「ちょっと友達と話し込んじゃってねー」
それじゃあ一緒に帰ります? なんて言えるだけの勇気が出るはずもなく、僕は河合先輩とただ向かい合って他愛ないことを話す。
これくらいの距離感が心地いい。隣を歩かれたりしたら緊張してまともに話せないだろうから。
「あ、そうそう。ハルっちの依頼を請けてくれたんだってね?」
「ハルっち?」
「あ、ごめん。榎本小晴のこと」
へえー、榎本さんは河合先輩から「ハルっち」って呼ばれてるんだ?
「あの、もしかして榎本さんに僕を紹介したのって、河合先輩ですか?」
「そうだよー。ハルっちはうちの近所に住んでる幼馴染でさー」
なにその美少女ばかりのご近所さん、尊すぎる。
ぜひともあやかりたいんですが——引っ越そうかな? 我が家は色々と問題を抱えているし……。お隣さんとか、お隣さんとか、お隣さんとか……。
「恋愛相談に乗ってほしいって言われたから、だったら恋愛マスターの友田くんが一番だってアドバイスしたんだよねー」
「なはははー……」
僕はまだ誰とも付き合ったことがないんだけどね……。
「にしても一条くんかー。良いとこに目をつけたよねー」
「やっぱり河合先輩もそう思いますか?」
「思うよー。一条くんって地味だけどさ、思いやりがあって、頑張り屋さんってところが良いよねー」
「で、ですよねー……」
あははー、と笑ってみせたがやっぱりちょっとだけ切ない。
榎本さんへの未練はないはず——と、そう思いたいだけなのかもしれない。
春原の言う通り、やっぱりまだ未練がどこかにあるのかもな……。
「なんだか友田くんみたい……」
「え?」
今僕の名前が出なかったか?
「あ、ううん! なんでもなーい」
「そ、そうですか?」
「じゃ、わたし塾があるからお先にねー」
「え? あ、はい。それじゃあ」
「じゃあねー」
河合先輩は軽く手を振って帰っていった。
その後ろ姿がまた愛らしくて素敵だ。
また好きになっちゃいそう。
……まあ、それはないのだけれど。
それはそうと、僕は少し河合先輩に後ろめたさがあったりする。
実は、僕が以前依頼を請けた河合先輩の恋愛は失敗で終わったのだ。
河合先輩の一個上の先輩、つまり今大学一回生の先輩に去年告白したんだけど、受験生ということで断られてしまったらしい。
それでも河合先輩はまだ諦めていないらしく、彼の行った大学を受験すると人伝手に聞いた。フられてもよっぽど好きなんだろうな、と僕は感心する。
——執着? 固執? 重たい?
見る人から見ればそうだと思うけど、僕はそうじゃないと思う。
大好きな人の側にいたい、追いかけたいと思うのは至極当然のことだし、そのために河合先輩が涙ぐましい努力をしていることだって知っている。
正直、それだけ好かれている大学生の先輩が羨ましい。
それが自分だったらいいなーとちょっと思ったりも——いかんいかん、終わった恋だった!
河合先輩に、次もし恋愛相談を持ちかけられたら喜んで協力しよう。
そして今度こそは成功させてあげるんだ!
そう固く心に決めて、僕はだんだん小さくなっていく彼女の背中を眺め続けた——と、いつの間にかLIMEが入っていた。
——あれ? 榎本さん?
『小晴:相談したいことがあるんだけど校舎裏に来てくれない?』
絵文字もスタンプもないシンプルな文面に一瞬「あれ?」と思ったけれど、僕は『了解』とだけ返信し、彼女の待つ校舎裏に向かった。
* * *
「——告白、やめようと思う……」
「は? え? なんで?」
昨日の今日で、いきなりのことに僕は驚いた。
なんと榎本さんは一条くんへの告白をやめたいと言ってきたんだ。
「いろいろ考えたんだけど、その——一条くんの評判が……」
「評判?」
僕は必死に頭の中を巡らせた。一条くんにはどこも悪い点がなかったはず。
彼はとても素敵な人だと思うのだけど……。
「どんな評判なの?」
「これ——」
榎本さんが見せてきたのは『県立
「今日の昼くらいかな? こんなのがクラスのグループLIMEで回ってきたの……」
その掲示板に並ぶ文字を読んで僕は思わず目を疑った。
『一条隼人は暴力野郎』
『影で人を殴るサイテーな男』
『器物破損で職員室とかw』
『陰キャな女とヤりまくり!』
『女ったらし』
書き込みは断片的だったけれど、どれも一条くんに対する誹謗中傷だった。
こんな情報はどこからも聞いていないぞ……。
「これ、本当のことかな? どう思う、友田くん?」
榎本さんの表情がどんどん曇っていく。
「わからない。でも、確認する必要があるかな?」
「そう、だよね……」
信じたい、というのは伝わってくる。
でも、火のないところに煙は立たないって言うしな……。
「僕が本人に会って直接確かめるよ」
「え? でも……」
「ううん。これはきっとなにかの間違いだよ。きっとなにか理由があると思うんだ」
大丈夫だから、と不安そうな榎本さんに笑いかける。
けれど、正直なところ僕も不安だ。
もしも一条くんが噂通りの人だったら——榎本さんとの仲を取り持つなんてことは到底できない。できたら嘘であってほしい。
「一個だけ確認。もし、一条くんが過去にそういう人だったとして、榎本さんは今の一条くんのことを好きでいられるかい?」
少し間が空いて「うん」とだけ返ってきた。どうやら榎本さんは迷っているみたいだ。
恋愛は綺麗事じゃない。過去の遍歴も付いて回る。
なんせ人の性質は簡単には変わらないから……。
僕はもう一度榎本さんに「大丈夫、任せておいて」と言ってから、グラウンドに向かった。
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