第2話
結論から言えば、高橋さんの依頼は丁重にお断り申し上げた。
なにせ、仲介依頼の相手が榎本さんと同じ一条くんだったから。
今まで三十人以上の依頼を請けてきたけど、実はこのパターンは初めて。
ある程度こういう事態が起こり得ることは想定していたので、僕は自分の中で決めていた仲人ルールに従い、高橋さんにはこう告げておいた。
「実は、一条くんへの告白依頼がもう一件あって進行中です。高橋さんには悪いけど、今そっちが優先だから——ごめんなさい……」
そう、順番だ。
僕の仲人ルールの中に優先順位は組み込んでいないため、頼まれた順に処理していく。
悪い言い方をすれば早い者勝ち。
相性が合う、合わないなんて僕が決めることではないから。
高橋さんはべつに取り乱すこともなく、ただ苦笑いを浮かべて「そっか……」とだけ呟いた。
「ちなみに相手は誰なの?」
「それはプライバシーもあるので」
「そうだよね……。じゃあせめて一条くんに相応しい相手かどうかだけ教えてくれない?」
「とっても——僕からするととってもお似合いな二人です。その——一条くんも前から気になっていた相手みたいで……」
「そっか……。ありがとう、教えてくれて」
僕はそれくらいならと正直に話してみたものの、少し残酷だったかもしれないと後悔した。
まるで高橋さんには相応しくないと言っているようで、言葉足らずに伝わっていたらとても申し訳ない。
「でも、良かった。それならそれで……」
「良かった?」
「お似合いの二人なんだよね?」
「ええ、まあ……」
「なら、一条くんにとって良かったというか、二人にとって良かったのかも……」
諦めたようなその言い方が昨日の僕と重なった。無理に笑おうとする高橋さんが余計に痛々しく思えた。
高橋さんの心中は痛いほどにわかる。
状況は違うけど、自分も同じようなパターンで振られてきているから。
だからかもしれないが、彼女のことを分かったつもりで、
「間接的に振られるって、案外直接振られるよりも辛いですよね……」
と、ついそんなことを口走ってしまった。
「友田くんもそういう経験があるの?」
「はい。まぁ、回数で言えば圧倒的に僕のほうが多いかと……」
とほほ、と僕は苦笑いを浮かべる。
「それって気持ちの整理はつくの?」
「そうですね——時間が解決してくれます。個人差はあると思いますが……」
「そっか……」
「高橋さんは気持ちの整理はつきそうですか?」
「どうだろ? しばらくはちょっと難しいかも……」
「ですよね……」
「うん——でも、まだ終わってないから」
「え? 今なんて?」
「……ううん。ありがとう。相談に乗ってくれて」
高橋さんはもう一度丁寧にお辞儀をしてから教室を出て行った。
彼女の足音が遠ざかるのを確認して、僕は大きくため息を吐く。
ただ、彼女が最後に言い残した「まだ終わってないから」という言葉がどうしても引っかかったままだった。
* * *
「——ということがあってさー」
恋愛相談室を出た後、僕は「情報科学部」という活動目的不明の怪しい部活に顔を出していた。
場所はコンピュータが並ぶ第二PC室。
ちなみにうちの学校は情報系に力を入れているので第三PC室まである。
べつに僕は部員じゃないけど、部長の彼女にこれまでの一連のことを報告するためだ。
彼女は特になにか反応してくれるわけでもなく、ただカタカタとキーボードを打っていただけだったが、僕が話し終わると同時に、深いため息を吐きながらエンターキーを叩いた。
「バッカじゃないの?」
一蹴とはこのことを言うんだろうな。
部長にしては貫禄のないロリっ娘。
見た目だけで言うなら小学校高学年から中一くらいにしか見えない。
これで同級生というのだから驚き。
そんな彼女の名前は
去年同じクラスだったこともあって、クラスが変わった今でもこうして交流がある。
ちょっと変わったところがあって、口は悪いが根は優しい……はず!
「それって僕のこと?」
「友田以外に誰がいるの?」
「質問を質問で返すのは失礼じゃないかな?」
「じゃ訂正。君、バカ」
「そうはっきりと言われると傷ついちゃうなー」
僕は苦笑いを浮かべながら頭をポリポリと掻く。
「またそうやって自分の好きな人と別の誰かをくっつけたがる」
「べつにくっつけたがってるわけじゃないよ。それに、好きな人じゃなくて好きだった人。過去形。彼女が僕に声をかけた時点で僕の気持ちは終わってるんだ」
「それって榎本さんに未練があるから『良い人』でいようとしているだけでしょ?」
「未練か……。未練なぁー……」
未練なんてあるんだろうかと僕は自問する。
でも、不思議なもので未練らしい未練はない。
まあ、多少ショックではあるし、ちょっと胸の奥ががズキンと痛むだけ。
大丈夫。こういう痛みには慣れっ子だ。
「じゃ、榎本さんのこと、本当は好きじゃなかったとか?」
「もちろん好きだったよ」
「どんなところが?」
「えーっと——見た目が可愛いところとか、頑張り屋で誰に対しても優しいところとか……」
「薄っぺら……」
「うるさいなー。たしかにそれだけだと薄っぺらく聞こえるかもしれないけど、彼女には他にも良いところがたくさんあるんだって」
「ふーん」
春原は興味なさげにまたココアに口をつけた。
「ところで、僕にもココアをいただけないだろうか? ほら、いちおーお客さんなわけだし」
「いただけない。君は情報科学部の活動を邪魔しにきた部外者だから」
「ちぇー……」
僕は机に突っ伏した。
春原の言う通り、僕はバカなのかもしれない。「良い人」ってやつから脱却しないと、一生彼女なんて作れないのかもなー……。
「……君、ちょっとは高橋さんを見習ったら?」
「え?」
「まだ終わっていないみたいなことを言ったんだよね?」
「ああ、うん」
「じゃ、この後の展開がなんとなく予想できるんだけど」
「この後の展開?」
「あくまで予想の範疇」
「どんな?」
「言わない。これでもいちおー情報科学部の部長だから、不確定なことは」
「活動内容がまったくもって不明瞭な部活だけどね?」
「それは元クラスメイトがちょくちょく邪魔しにくるから」
「変わり者の元クラスメイトが一人でいるのが心配でね」
「余計なお世話! 邪魔するなら帰って!」
「へーい」
僕はカバンを持ち上げて立ち上がる。
扉に手をかけると、「そうそう」と後ろから声がした。
「友田、アオハルデストロイヤーズって知ってる?」
「……なにそれ? アニメとかラノベのタイトルかなにか?」
「そ……。知らないなら気にする必要もないと思うけど」
「なにその言い方? 逆に気にしろって言ってない?」
「どうしても知りたかったら『春原さまー、おねげーしますだー』と言いながら地面に額をぐりぐりと擦り付けて」
「ついでにその白くてすべすべの太股をスリスリしろと?」
「そこまで言ってない! バカ! 変態! セクハラ親父!」
春原は顔を紅潮させ膝上十センチのスカートから伸びる足をギュッと閉じ、手でスカートを抑えた。
その仕草に思わず可愛いと感じてしまうあたり、僕はすでにセクハラ親父化が進んじゃっているのかもしれない。
これでもう少し春原が大人っぽい感じだったらどストライクだったんだけどなー……。
学年も年齢も一緒なのに見た目がロリすぎて僕のストライクゾーンから大きく外れてしまっている。
まあ、彼女は密かに一部の男子たちから人気を博しているんだけど……。
「じゃ、また来る」
「もう来ないで」
「嫌がる春原の顔を見たくて」
「やっぱ変態……。これからもフられ続ければいいのに……」
「あははは……、それはちょっとしんどいかなー……」
これでも失恋したばっかりなんだよ、と僕は笑いながら第二PC室を後にした。
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