ダブルベア? 瀕死の状態で巣に戻しておきました



 氷魔法の光は、少し離れた俺のところにも良く届く。


 あの強い光を小さな身体で作り出しているエンジュは、やっぱすげぇや。

 俺なんかより数百倍、数千倍、いや、それ以上にすごい。


 なのに、エンジュの元パーティの野郎は彼女にひどい言葉を浴びせていた。

 その事実が、俺の中で引っかかっているんだ。彼女と過ごせば過ごすほど、その引っ掛かりは大きくなる。……まだ出会って2日も経ってないのに。



「おーい、誰かいないかー」



 俺は、そんな彼女の光に魅了されつつ、周囲を散策する。

 魔法光で明るいとはいえ、足元に気を付けてないと地面に人が倒れていた場合気づかねぇ。慎重に、慎重に……。



「……え、イヴ?」

「その声は……セリーヌか!」



 周囲を注意深く見渡していると、左にある大きな木の幹に寄りかかったセリーヌを見つける。

 急いで駆け寄ると、右肩が擦れて血が滴っていた。服も土まみれでボロボロに近い。



 俺は、自分のMP残量を確認しつつ、セリーヌに向かって簡易的な回復魔法をかける。

 この程度の傷なら、止血くらいは出来る。しかし、傷を消すことはできない。


 ……ああ、やはり回復魔法を練習しておけばよかった。

 そうすればさっきのサラマンデルだって、エンジュの力を借りなくてもできたのに。俺は弱いな。



「イ、イヴ……。あの化け物は?」

「俺の仲間が戦ってるよ」

「……そう。私、腰が抜けちゃって」

「他のメンバーは?」

「1人はここに……」

「ここ……!?」



 セリーヌが指を差した先に居たのは、見たことがない剣士だった。

 きっと、俺の後任のやつだろう。たしかに顔が整ってる。


 が、今は自己紹介をしている場合ではない。

 なぜなら、その剣士の脇腹の肉がゴッソリ抉れていたから。かろうじて息はしているものの、意識はない。


 俺は、急いでそいつに近づき、出血を止めるべく魔法をかける。



「止まれ、止まれ……。止まってくれ!」



 そうか、ダブルベアの口に付着してた血痕は、この人のものだったのか。

 これは重症だ。俺の力でどうにかできるものではない。


 でも、やらないよりはやった方が良い。


 俺は、完全にセリーヌから手を離してその剣士に集中する。

 しかし、緑色の淡い光が灯り傷口を覆うが、止血すらできない。こんなんでは、こいつの命が……。



「ねえ、イヴ。私の傷治してよ」

「……は?」

「私、さっきのでMP消費しすぎてほとんど残ってないの。このままだと、腕に傷が残っちゃう。ほら、女の子の身体に傷が残ったら可哀想でしょう?」

「え、いや……。でも、こっちの方が重症だから」

「でも、私の腕を先に治療始めたでしょう。順番は守らないと」

「……セリーヌ」



 少しでも効果があるならと思い回復魔法を発動させていると、セリーヌが意味のわからないことを言ってきた。


 なぜ、目の前で死にそうになっている人がいるのに、そんなことが言えるんだ?

 他人の命より、自分の身なのか……?


 いや、セリーヌはそんな子じゃない。お腹の空いていた俺に、パンをくれるような優しい子だ。

 そんなセリーヌが言うんだから、間違ったことではないのかもしれない。ってことは、俺の考えがおかしいのか……。


 そう思いつつも、回復魔法は瀕死の剣士に向いている。



「ねえ、傷が残ったら責任取ってよね」

「……ああ、すまん。そ、そうだな。セリーヌ先だよな……」

「そうだよ。そんな役立たずな剣士、死んでも困らない。だって、私たちのことBランクって言って馬鹿にして。なのに、ダブルベア亜種が来たら真っ先にやられてるの。笑っちゃうよね」

「……」



 俺は剣士だ。

 だから、「真っ先にやられる」理由がわかる。それは、敵の前に自ら出て戦おうとしたということ。剣士なら、不自然じゃねえ。


 タンクは……ジャンは何をしてたんだ? 後衛は、ちゃんとこの剣士を援護してたのか?

 こんな酷い怪我、1人で戦ったようにしか思えねぇ。



 どうする。

 俺は、この剣士を助けたい。けど、セリーヌの傷も癒したい。


 やっぱり、ちゃんとした回復魔法を習得すべきだった。

 そうすれば、同時に治療ができたかもしんねぇ。

 俺はいつも無力だ……。役立たずなんだ……。



「ねえ、早く治療して。ヒリヒリ痛いの。服も綺麗にしたいの!」

「……ああ。わかっ「イ、ヴ!!!」」

「……エンジュ?」



 セリーヌの言葉に納得して、剣士から手を引こうと決意した時……。


 ガザッと草むらが揺れて、エンジュとアンバーがやってきた。

 頬の切り傷、腕のかすり傷が痛々しいが、この剣士のように致命傷は負っていないようだ。アンバーも、いつも通り白い身体で宙に浮いている。


 ボーッとしながらそれを眺めていると、彼女につけていたシールドが解除されていることに気づく。やはり、ダブルベア亜種は倒せたらしい。


 そんな彼女は、俺の顔を見るなり一目散になって剣士へと駆け寄った。



「……エンジュ」

「だ、誰!? え、モンスター!?」



 こんなエンジュを見たことがない。


 彼女は、険しい顔をしながら剣士に向かって回復魔法をかけている。

 俺の魔法光とは比べ物にならないほど、眩しい光を発し治療をしてるんだ。隣で騒いでいるセリーヌのことなんか見向きもしない。


 俺は、それを見て自分の優先順位が間違っていないことを確信した。



「悪い、セリーヌ! こっちが先だ!」

「なんでよ! 私の身体に傷が残ったら、一生恨んでやるんだからっ」

「……ああ、いいさ。恨めるってことは、生きてるってことだ。だが、この剣士は、そんなこともできなくなるかもしれねぇんだぞ。セリーヌは後で治療するから」



 そうだろう?

 トリアージは、した方が良い。MPにも限界があるのだから。


 致命傷とかすり傷、どっちを優先すべきかなんて誰の目から見てもわかるのに。

 ……エンジュに教えられることは多いな。



「なっ……。なんでぇ……。いつもイヴは私の言うことを聞いてくれるのに……。私の幼馴染なのにぃ」

「エンジュ、手伝えることないか?」

「うっ、う!」

「わかった。周囲に敵が居たら、俺に任せろ!」

「イヴの馬鹿! 役立たず!」



 俺が立ち上がるのと同時に、セリーヌは叫びながら走り去ってしまった。

 ……なんだ、動けんじゃん。



 いつもなら、その言葉に落ち込むんだけど。

 今は、それどころじゃねぇ。


 俺は、後ろで治療を続けるエンジュ、一緒に周囲を警戒するアンバー、それに、瀕死の剣士のことで頭がいっぱいだった。


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