不思議な魔導士、エンジュ


「……エンジュ? 君、エンジュって言うの?」



 川辺に行き水を飲んだ俺らは、そのまま自己紹介をした。


 どうやら、彼女はあまり声が出ないらしい。

 周囲の石ころを退けて地面を出し、そこに指で名前を書いてくれた。


 ……なんだか、蛇だかミミズだかががのたくったような字だが、多分「エンジュ」と書かれている。

 多分。多分。……うん、多分。


 恐る恐る聞いてみたら、やっぱりそうだった。少女が……エンジュが嬉しそうにコクリと頷いている。



 聞けば、18歳だと言う。


 ちんまくて可愛いなあなんて思っていたら、まさかの俺よりも1つ年上!

 ビビって敬語でしゃべったら、悲しそうな顔をしたからやめたよ。まあ、1つだけだもんな。


 にしても、こりゃあどう見ても12歳だぞ。

 俺の妹と同じくらいにしか見えん。



「俺? 俺は、イヴ。イヴ・ミシェルって言うんだ。……女っぽいだろ?」

「……き、れい」

「……そっか。サンキュ」



 俺が名乗るとエンジュはこれまた嬉しそうにそう言って、砂の上に俺の名前も書いた。

 ……多分、「イ」は認識できるからそうだと思う。でも、「ヴ」は怪しい。


 まあ、その笑顔が可愛いからなんでも良いや。


 それに、なんだかエンジュに言われたら素直に聞き入れられる。

 いつもなら「どうせ、お世辞だろ?」って思うのに。不思議だな。


 ああ、にしても可愛いなあ。

 書いた文字をゴシゴシと消して、石を元に戻しているだけで可愛いって相当だぞ。


 こんな子に暴力を振るおうとしていたあいつらの気がしれん。

 次またノコノコとやってきたら、俺が返り討ちにしてやる!



「……あ、ぅ」

「なんだ? 街に戻るのか?」

「う、う」



 石を戻し終わったエンジュは、立ち上がって街のある方角を指差していた。

 それと一緒に、持っている杖を振っている。俺の剣も指差したりして、何を伝えたいんだ?


 まさか、武器を交換しようとか!?

 いや、俺に杖は使えん。それに、彼女の腕じゃあ俺の剣は振れないだろう。


 じゃあ、何を……。

 もしかして……。



「……もしかして、俺とパーティを組んでくれるってことか?」

「あ! う!」

「え、でも、俺弱いよ? 心配性ステータスついてるし、判断遅いし。だから、パーティ追放されたわけで……」

「イヴ、つ、よい。やさ、し、い」

「エンジュ……」



 俺がそういうと、エンジュは肯定するように何度も首を縦に振った。


 もう、それを見るだけで泣きそうだぜ。

 なんで、こんな良い子なんだ。



 エンジュの言葉が嬉しい俺は、そのまま彼女の頭を……帽子を避けて撫で上げた。

 すると、とても気持ち良さそうにすり寄ってくる。


 こう見ると、やはり小動物みたいで可愛い。

 年上だなんて、忘れちまいそうだな。


 それに、この髪の柔らかさ! 美容にうるさい妹だってこんなツヤッツヤじゃなかったぞ。

 冒険者なのに、どこで手入れをしているんだろうか。……なんて、聞いたら「変態!」とか言われそうだな。危ない危ない。



「ありがとうエンジュ。近距離と遠距離だから、すぐにギルド登録できるな」

「う、う!」

「わかったよ。今から行こう」



 国から推奨されているギルドパーティの組み方は、こうだ。



 まず、戦い方。


 近距離と遠距離を1人ずつ入れる必要がある。

遠距離同士、逆もそうだが、相当手練れていないと生存率がグッと下がるとのデータがあるらしくてな。


 Sランク冒険者になるまでは、そういう組み方が必須なんだと。



 続けて、ステータスについて。


 まずパーティを組む時、互いのステータスを見せるんだ。

 で、気に入ったら組むって感じ。


 でも、こっちは推奨って感じで強制されているわけではないから、俺から言い出すことはない。

 聞き方を間違えれば、失礼な質問にもなるしな。



 それに俺は、どんなに彼女のステータスが低かろうと、パーティを解散させる気はないよ。


 だって、彼女は俺の名前を笑わなかった。

 それに、こんなダメダメな俺を強い、優しいと言ってくれた。


 そんな優しい彼女に、俺は恩返しをしたい。

 会って初めてだと言うのに、そう思ったんだ。



 それに、彼女の言葉はなぜか信じられる。

 いつもならウジウジいろんなことを考えて「どうしよう」ってなるのに、それがないんだ。不思議だろう?



 いやでも待てよ。


 俺が解散させなくても、彼女の方から「マジでこの人使えませんでした。解散します」とか言われたらどうしよう。


 え、この子に言われたらガチで凹むぞ……。


 それに、パーティ追放を2回連続で食らうと、アカデミーに逆戻りするって決まりもあるんだ。

 そうなったら、冒険者に戻るまで何年かかるんだ?


 辛すぎる。



「んん……」

「?」

「あ、い、いやなんでも。い、行こうか」

「う……?」



 よし、ここはエンジュに俺の全力を全力でアピールするぞ!

 そうだ、全力で!


 過去の話じゃない、これからの話なんだ。

 俺の力でなんとかなるだろう。


 今までだって、そうやって……そうやって……パーティ追放されたんだから……。


 ああ、ダメだ。ダンジョンでのアピールは難しいな。だったら……。



「足元がアレだろう。抱っこしようか?」

「うぅ」

「それとも、おんぶが良いか? 肩車だってしよう!」

「か、かっ?」

「お、肩車を知らないのか? よし、じゃあ俺が」

「わっ!?」



 そうだよ、他のことで役立てば良い!



 早速俺は、肩車に興味を持ったエンジュを持ち上げた。


 すると、エンジュは驚きながらも「わっ、わっ」と楽しそうな声をあげている。

 今までされたことないのか? 俺は、昔父さんによくしてもらっていたが。



 とにかく、こうやって役に立とう。


 腹が減ったら、俺が何かを見繕って調理すれば良い。

 怪我したら治療もできるし、この街の店ならほとんど知り合いだから割引だってしてくれる。


 それにそうだよ、服が破れたとしても裁縫だってできる! なんだか、自信が湧いてきたぞ。



 なんて自信は、街に入る前に崩れていく。


 エンジュが、肩車を急に嫌がり出したんだ。

 おろすと、顔を真っ赤にしてやがる。もしかして、何かやっちまったか?



「ご、ごめんな。俺、無神経で」

「あ、う……。う!」

「嫌じゃない?」

「う! う!」

「……恥ずかしい、から?」

「う!!」

「そっかそっか。じゃあ、また人が居ないところでやろうな」

「う!」



 ああ、良かった。


 そっか、そうやって確認すれば良いんだ。

 エンジュから学ぶことは多いな。


 よし、このままの調子でアピールするぞ!



 やっぱり、今日は良い日だ。

 晴れた空も、鳥の囀りも、それに、隣を歩く彼女の存在も。


 全てが全て、俺の気持ちを底上げしてくれている。

 これは、良いスタートを切れたんじゃねえの?


 そう、エンジュも思ってくれていると良いなあ。


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