第218話 13 ゆずらない!


 休日の朝。

 早起きしたみさきはリビングでのんびりしていた。


 ふわぁと欠伸をひとつ。

 昨夜、ゆいに十倍返しを喰らわせたことで寝不足。


「夜更かしは昨日だけ、特別ですよ」

「……ん」


 ちょうど現れた結衣の小言に頷くみさき。


「……おはよ」

「はい、おはようございます」


 ……モヤモヤしていますね。

 結衣はみさきの色を見て察する。


 普通の生活を始めてからというもの、彼女の能力が輝く機会は滅多にない。大人達の心を舌先ひとつで転がした魔女は、繊細な子供心に転がされるママとなっていた。


「朝ご飯は食べますか?」

「……ん」


 みさきは頷いて立ち上がる。

 もちろん、目的はお手伝い。


「ゆいを起こしてきてください」

「…………」


 ぐぬぬと唇を結ぶみさき。

 珍しい反応を見て、結衣は微かに眉を上げる。


「おはよう。二人とも早いな」


 そこに欠伸混じりで現れる龍誠。みさきはハッとして、小走りで龍誠の脇を通り抜けた。


 龍誠と結衣は目を合わせる。そして互いに作戦の成功を確信して、パシっとハイタッチを交わした。


「どうなるかな」

「二人次第です」

「……そうだな」


 龍誠は首肯して、みさきが去った後のドアに目を向ける。


 これが最善という保証は無い。

 もちろん良い方向に進むと信じているけれど、裏目に出る可能性はゼロじゃない。


 久方振りに不安を覚え、黙考する龍誠。彼の大きな手が、ふとひんやりとした感覚に包まれる。


 龍誠は目を閉じて、その手を握り返した。

 

 今の自分は、一人じゃない。

 心強いパートナの存在を意識して、ふっと微笑む。


 目を向ける。目が合う。

 言葉はいらない。二人はただ静かに――


「ゆいの勝ち!!」

「負けてない!!」


 結衣と龍誠は弾かれるようにして距離を取る。

 そして同時に声が聞こえた方向に目を向けて、互いの驚きを共有するように目を合わせた。


「今の、みさきだよな?」

「……はい」


 二人は笑みを隠せない。

 みさきが大きな声を出すのは難しい。それが子供らしい内容とあらば、前代未聞だ。


「わー! あっくん泣かせたー!」

「ゆいのせい!」


 結衣は龍誠に軽く目をやる。


「お母さんしてきますね」

「ああ、任せた」


 コラー、なにしてるのー?

 棒読みで慣れない説教をしながら子供たちの所に向かう結衣。後にゆいがマネをするようになり、二度と今のような説教をしなくなったのは少し未来の話。


 いろいろあって、

 子供達は不機嫌、大人達は上機嫌な朝食。


 みさきは気持ち早く朝食を終えると、駆け足でピアノに向かって、ダン! と音を鳴らした。


「にゃー!?」

「ゆっくり食べなさい」


 でもでもと全身全霊で訴えるゆい。


「うぅ、悲しいです。ママの料理はゆいにとって邪魔モノだったのですね」

「ゆっくり食べます!」


 そわそわ食事を再開するゆい。

 その間、みさきの勝ち誇ったような演奏が流れる。


(またマネして~~っ!)


 ゆいはハムスターのように口いっぱい詰め込んだ朝ごはんをゆっくり咀嚼しながらぷんすかする。


 みさきの演奏は、ゆいのコピーだ。

 ゆいがもっと上手い演奏を見せ付けても、次の瞬間にはさらりとコピーされてしまう。


 心が折れてもおかしくない。

 しかし、ゆいはコピーされる度に対抗心を燃やす。


「ごちそうさま!」


 食べ終えたゆいは立ち上って、バタバタ。

 しかし扉を超えたところでハッとしてUターン。


「おかたづけ!」


 食器をシンクに運んで、今度こそピアノに向かう。


 かくして。

 みさきに小さな火が付いた。

 その小さな火は、ゆいには大きかった。


「こうたい!」


 無視して演奏するみさき。

 ゆいはムキーと地団駄を踏んで、隣に座る。


 子供二人。ギリギリ椅子に収まって、互いの頬を押し付けあいながら、歪な連弾を始める。


 原キーは無理。

 しかし、どちらも譲らない。

 右に座ったゆいは1オクターブ上。

 みさきは1オクターブ下で演奏を続ける。


「不協和音!」

「……へたくそ」


 ゆずらない。

 子供は繊細で、だけど単純だ。ちょっとしたことで火がついて、爆発する。


 友人と家族。

 小学生が折り合いを付けるには難しい関係性。


 コンクールという舞台。

 そして大人達の工夫により、ゆいとみさきの関係は変化を始める。


 ゆいとみさきは姉妹になった。だけどそれは、二人が決めたことではない。


 このさき二人がどうなるのか。

 それを決めるのは、きっと二人次第。


 和やかな日々は賑やかな日々に変わり、たまぁに近所からクレームをもらったりしながら時間が流れる。


 そして、あっという間にコンクールの日が訪れた。

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