第217話 12:もっかい


「やっぱりゆいちゃんがビリだったね」

「ぐぬぬぬぬ……」


 このゲームの中身を理解した龍誠。

 ゲーム配信で心得のある瑠海。

 りょーくんパワーで絶好調のみさき。

 ゆい。


 きっと、結果は始まる前に決まっていた。


「では、ゆいはあーくんのお世話をお願いします」

「はーい」


 素直に返事をしたゆい。

 その目には涙が浮かんでいた。


「あら、一位は龍誠くんなのですね。大人げないことこの上ないです」

「おとなげなーい!」

「妖怪連打おばけ!」


 結衣に便乗して野次を飛ばす二人。


「みさき、お前だけが味方だ」

「……んっ」


 みさきは常に龍誠の味方である。

 その絶対的な信頼に応えるべく、龍誠は笑顔を浮かべた。それは普段と同じ笑顔。みさきでさえ違和感を覚えないほどデレデレした情けない笑顔。


 だから、誰も気が付かない。

 結衣以外は、誰も知らない。


 いま、彼の胸中は邪悪に支配されているのである。


 ――結衣、分かってるな?

 ――はい、みさきに敗北の味を教えてあげます。


 一瞬のアイコンタクト。

 それだけで互いの意志は伝わった。


 そして二回戦が始まる。

 三人は前回と同じキャラを選んで、結衣は空飛ぶ亀を選んだ。


「はばたけ!」

「はばたきます!」


 ……ゆいちゃんママ、ノリノリじゃん。

 瑠海の中で少しだけキャラ崩壊する結衣。


 瑠海は、ゆいとみさきの一番の親友である。

 お泊りをした数も一度や二度ではない。家族公認の交友関係となっている。


 瑠海にとって、結衣は大人って感じだった。

 しかし現実は違う。お腹の子を配慮して普段は大人しい結衣だが、天真爛漫なゆいは彼女を見て育ったのである。つまりゆいこそが結衣なのだ。


「ちょちょちょっと待ってください。私まだルール知りません。練習からお願いします」

「いや回転率を意識して行こう。みさき、やれ」

「あー! せめて説明文読ませてください!」


 ……ゆいちゃんママかわいい。

 瑠海は静かに気分を高揚させた。


 ――ここまでは完璧ですね。

 ――ああ、誰も疑ってないようだ。


 不適に笑う夫婦。

 果たして、露骨な共闘が始まった。


 しかし、みさきはこれを華麗に攻略。

 ゆいと結衣が仲良く交代を繰り返しながら、矢の如く時間が過ぎ去っていく。


「りょーくん勝てたの最初だけだったね」

「……言うな」


 瑠海の指摘通り、龍誠が勝てたのは最初だけ。

 以降はみさき無双だった。


 しかし大人達に焦りは無い。

 なぜなら二人は知っている。大人は、ゲームで小学生に勝てない。初めから勝利は考えていないのだ。


 目的は、みさきを本気にさせること。

 これまでの敗北は、言わば布石なのである。


 みさきはゲームを楽しんでいる。

 なぜ? 龍誠と共闘できるからだ。


 りょーくんと一緒に遊べるだけで楽しいみさきが、協力プレイまで出来てしまったらどうだろう。楽しいの向こう側が見えることは明らかである。


 龍誠は、それを逆手に取った。

 このゲームは改造されている。通常、ターン毎に始まるミニゲームでは、チーム編成がランダムで決定される。まず、これをみさきの勝敗により編成が決まるように変更した。


 みさきは無意識に学習する。

 特定の条件で勝利したならば、次は必ず龍誠と二人チームになることに気が付く。みさきは、その条件でのみ本気を出す。もちろん本人に自覚は無い。ただ、通常の勝率が八割程度であるのに対して、その条件においては無敗。圧倒的な集中力を発揮している。


 この状態のみさきが敗北したらどうだろう。

 そのあと龍誠と別のチームになったらどうだろう。


 ゆいと、龍誠とチームを組んだゆい。

 双方に連敗したら、どう思うだろうか。


 確実にムキになると龍誠は予測した。

 みさきは大人びているが、所詮は小学生である。まだまだ本能をコントロールする力が弱い。


 大人達が考えた悪魔的な作戦。

 それが、今まさに発動しようとしていた。


「三度目の正直!」

「ゆいちゃん、負け過ぎて数字ダメになった?」


 惜しくもビリになった瑠海が辛辣な言葉と共にコントローラを渡す。


「あー、そういえば瑠海ちゃん時間は大丈夫か?」

「るみみん家は特に門限とかないよ」

「そうか。でもそろそろ遅いから、ゲームはこれで最後にしよう」

「おっけー」


 実家のように寛いで返事をする瑠海。共にゲームをしたことで、瑠海は龍誠にスッカリ打ち解けていた。


「必勝を誓います!」


 やる気に満ち溢れたゆい。

 

「……」


 またりょーくんと遊べるかなと思うみさき。


「「…………」」


 純粋な娘達を横目に、一瞬のアイコンタクトを交わした二人。果たして、最後の戦いが始まる。

 

 これは最大四人まで遊べるパーティゲーム。

 参加者はターン毎にサイコロを振り、マス目に応じてコインを得たり失ったりアイテムが貰えたりする。


 ターンの終了時、


 1 vs 1 vs 1 vs 1

 2 vs 2

 3 vs 1


 いずれかの枠がランダムに決定し、それぞれのプレイヤが振り分けられる。そして対戦型のミニゲームをプレイする。ミニゲームでは、勝利した者にコインが与えられる。


 コインを使用してスターやゲームを有利に進められるアイテムを獲得できる。最終ターン後、スターの所持数により順位が決まる。


 言葉だけでは分かりにくいが、そこは子供向けのゲーム。何も考えずボタンを連打していれば理解できるようになっておる。


 1ターン目。

 全員が順長にコインを獲得した。


 そして最初のミニゲーム。

 全員が敵同士の対戦。


 結果、みさきの圧勝。

 そしてこれが、トラップ。


 全員が敵同士の対戦にみさきが勝利した場合、必ず一人対三人の対戦――通称リンチが始まる。このリンチにも勝利した場合、晴れて龍誠とのチーム戦が始まる。


 2ターン目。

 計画通りに始まったリンチ。


 ゲーム内容は、三人で一人に体当たりすること。

 狭い円形のフィールド内で走り回り、フィールド外に落下した場合は負けとなる。


 一人の勝利条件は、三人が自滅するか、時間切れまで逃げ切ること。三人の勝利条件は、一人を落とすこと。


 このゲームは三人が圧倒的に有利であり、それぞれが最適解を選んだ場合は一人が必ず負ける。


「あーもうママ! 邪魔しないで!」

「助けてますっ、自爆しますよ?」


 早々に戦力外となった二人。

 事実上みさきと龍誠の一騎討ちとなり、みさきは無意識に口角を上げた。龍誠と遊べて楽しいのである。


「こらっ、にげんなっ」

「……ひひ」


 ひらりひらりと逃げるみさき。

 残り時間は10秒。9、8……


 みさきは勝利を確信した。

 その直後だった。


「今です!」

「へっ?」


 特殊なコマンドを入力する結衣。

 ガシャガシャとボタンを連打していたゆいは、しかし絶妙な動きでみさきと衝突する。見事に弾かれたみさきは、ピンボールの要領で龍誠にあたり、画面外に落ちた。


「おー、奇跡じゃん」


 パチパチ拍手する瑠海。


「しゃあ! ゆいちゃんナイス!」

「……かち?」

「勝ち勝ち。いぇーい!」

「……やったー!!」


 まるでゲーム全体に勝利したかのように大騒ぎするゆい。


 みさきは万歳するゆいをチラと見て軽く息を吐く。今のは事故みたいなものだ。気にすることはない。


 そして3ターン目。

 二対二のチーム戦となった。


 龍誠&ゆい

 結衣&みさき


 龍誠と離れたみさきは、ちょっぴりムッとする。

 その様子を確認して、龍誠はこれまで隠していた本気を解放した。もちろんそれだけでは五分。最後の一押しとして、結衣が足を引っ張る!


「……」


 見事に敗北したみさき。

 まあ仕方ないかなという表情。


 所詮はゲームなのだ。

 そこまで熱くなる理由は無い。


「いぇーい!」

「せいてんのへきれき!」


 ハイタッチをするゆいと龍誠。

 それを見たみさき。露骨に不機嫌となる。


 その後。

 ゆい、奇跡の連勝。


 みさきは勝利や龍誠との共闘を尽くゆいに阻まれる。調子に乗る義理の姉を見て徐々に不機嫌になっていく。


 そして最終ターンが終わる。

 順位発表――なんと一位はゆいだった。


「おー、天文学じゃん」


 さらりと毒を吐く瑠海。

 しかし、ゆいは気にしない。負け犬の遠吠えなど聞こえないのである。


「終わり良ければー!」


 それはまるで、サッカー選手。

 拮抗した試合。苦しい終盤。ようやく訪れたワンチャンス。見事に掴んだ勝利の一点。


「全てよーし!!!」


 空を仰ぎ、万歳で叫ぶゆい。


「おめでとうございます。あ、もう少し顎を引いて。はい、完璧です」


 娘の珍しい姿を写真に収める結衣。


「いやぁ楽しかったな。たまにはゲームもいいな」


 満足した様子で、片付けを始める龍誠。


「……みさき?」


 ゲームの電源に伸びた手を掴んだみさき。

 みさきは口を一の字にして、ぼそりと呟いた。


「……もっかい」


 もう一度。

 その言葉を聞いて龍誠の胸に懐かしい感情が蘇る。


 みさきは天才だ。

 だけど初めから何でも出来たわけじゃない。むしろ最初は、出来ない子だった。それでも、龍誠に褒められるのが嬉しくて、誰よりも多く勉強をした。そして他人よりも少しだけ自分で考えることが得意だった。


 そして、


「……もっかいっ」


 誰よりも優れたみさきは、

 誰よりも負けず嫌いなのである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る