第216話 11:みさきを本気にさせようプロジェクト!


「みさきを本気にさせようプロジェクトですか?」

「ああ、今朝ロリコ――社長に話を聞いて閃いた」


 龍誠は、長い息を吐いた。

 頭の中を整理するように、静かに息を吐いた。


 とても真剣な横顔を見て、結衣は、これまで以上に気を引き締める。


「小学生の時のこと覚えてるか?」

「ええ、もちろんです」


 忘れるはずがない。

 それは結衣にとって大切な思い出だ。


「……あのころ、俺は何も知らなかったんだ」


 龍誠は昔を懐かしむような目で話を始めた。

 それは静かで、少しだけ寂しそうな声音だった。


 当時、龍誠はヒトの感情に疎かった。

 あまりにも特殊な環境で育ったことにより、怒りという感情を目にしたことが無いほどだった。


「だから、結衣と話をするのは本当に楽しかったよ」

「……そうですか。私も、まあ、それなりでしたよ」


 最初は物珍しいだけだった。

 しかし話を続けるうちに、もやもやした感情が生まれるようになった。どうにか言葉にしたいのだけれど、どうしても言葉にならない感情――楽しいという感情を前に、困惑していた。


 当時の龍誠が楽しいという感情を自覚することは無かった。それよりも早く、事件が起こったからだ。


「そこから色々あって、今では普通になれた。だから、みさきも大人になれば普通になるんだと思う」

「……そうですね」

「だからこそ、今回は良い機会だと思ってる」


 龍誠は、強い意志を持って言う。


「時間は何も変えてくれないからな」


 その言葉を聞いて、結衣は目を閉じた。瞼に浮かぶのは、ガムシャラに動き回っていた頃の龍誠だ。


 きっと本人は意識していない。

 ただ無意識に刻まれた感覚に従っているだけだ。


 ヒトは大人になる。

 ただ生きていれば、時間が大人にしてくれる。


 それは嘘だ。

 

 龍誠は必死になってスタートラインに立った。みさきの小さな手を取って、小さな一歩を踏み出した。


 何か大きなことを成し遂げたわけではない。

 ただ必死だっただけだ。立派な親になる。みさきに生まれてきて良かったと思わせる。そんな抽象的な目標に向かって、立ち止まらなかった。


 その結果、今がある。

 普通の――普通よりもずっと幸せな今がある。


「ゆいが、言っていました」


 龍誠は結衣に目を向ける。

 結衣も龍誠を見て、微笑みながら言う。


「あたしはお姉ちゃんだから、みさきより頑張る。あの子は、みさきを――妹には負けたくないと言い続けていました」

「……そうか」


 妹という言葉に目を細める。

 龍誠はゆいとみさきが仲良しなのを知っている。そのうえで、今の言葉は嬉しかった。


「なら俺も教えてやる。みさきは、負けず嫌いだ」

「みさきがですか?」


 結衣にとっては違和感のある言葉だった。

 みさきは、なんでも簡単にクリアしてしまう。勝ち負けとは縁遠い存在だと認識していた。


「最初会った頃は字も書けなかった。運動も苦手で、タ行が苦手だった」

「タ行ですか?」


 ありし日の発生練習を思い出す龍誠。

 何も知らない結衣は、思わず眉を寄せた。


「みさきも最初からなんでも出来たワケじゃないが、負けず嫌いだった。何度も挑戦するんだよ」


 それは結衣の知らないみさきの姿。


「結衣は見たことねぇだろ。あいつ、出来ないことが出来るようになったとき、すげぇ嬉しそうな顔するんだよ」

「……意外ですね」

「だろ?」


 龍誠は不適に笑って、


「そこで、こいつの出番だ」

「……それは、ゲームですか?」

「ああ。だが普通のゲームじゃない。改造した」

「改造ですか?」

「確率とか色々いじったんだよ」

「なんだか龍誠くんが凄腕のプログラマに見えます」

「どういう意味だよ」

「褒め言葉ですよ?」


 イタズラが成功してニヤニヤする結衣。龍誠は唇を尖らせながらも、楽しそうな目を結衣に向ける。


 ふと、二人の視線が重なり合った。


 時間は夜。

 場所は自室。


 すぐ隣に娘達の部屋があって、すぐ側で幼い長男が寝ている。


「ダメですよ」

「なにが?」

「この子が生まれるまでは、ダメですよ」


 先手を打つ結衣。


「べつに、そんなつもりはなかったんだが」

「嘘です。すーぐ止まらなくなるのが龍誠くんですから。ゆいもりょーくんはエッチだと怒っていました」

「あれは運動のサポートをっ――」


 ……


「娘達のことも良いですが、たまには私も構ってくださいよ」

「生まれるまで我慢じゃなかったのか」

「全部とは言ってません」


 仲睦まじい二人である。

 そんなこんなで、この時から計画は始まっていた。

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