第214話 09:もやもや


「みさきちゃん、大丈夫?」


 小学校。お昼休み。

 ゆいが教室を出たのを確認して、瑠海が言った。


「……ん?」


 なにが? と首を傾けるみさき。

 窓際の席に座る瑠海は、教室の出入り口に目を向けながら、こそこそ言う。


「最近、元気ないよ」


 そうかな?

 みさきは言いかけて、直ぐに口を閉じた。


 元気が無いのかもしれない。

 瑠海が言う通り、最近もやもやしている。


「……なにする?」

「なにが?」

「……げんき、ないとき」


 みさきの周囲で静寂が生まれた。

 正面に座る瑠海はもちろん、その隣でパンを食べようとしていたお友達も、ポカンと口を開けて固まっている。


 衝撃だった。

 みさきの感情表現は「ん?」と首を傾けるか「んっ」と肯くだけ。言葉を話すのは、授業で先生に指名された時か、惚気話りょーくんか、どうしても必要な時だけ。


 級友達は、みさきと過ごした四年間で初めて普通の話題を耳にしたのである。衝撃は計り知れない。


「生配信するぞっ☆」


 これには瑠海も有頂天。


「最近は、はぁぁって溜息吐いて、パパどこにいるのかなって呟くとね、ここだよってうぞうむぞ――ファンのみんなが一斉にコメントするの。あの統一感を見るとゾワァって元気出るよ!」

「おー」


 みさきは、なるほど、という顔をした。

 瑠海の隣に座るお友達は静かに首を振る。すっかりネットの世界に毒されたアイドルの闇を払い除けてェェェェという思いをみさきに伝える。


「どうする?」


 届いた!

 安堵して、直後に気付く。


「えっ、わたし?」


 みさきは頷いた。


「えっと、甘い物を食べるかな?」

「トマト?」

「えっ、トマトって甘いかな?」


 みさきは頷いた。

 ゆいが聞けば魂のシャウトが教室を包んだかもしれないが今は席を外している。代わりに話題が教室中へと広がっていく。


 落ち込んだ時に何をする?


 かっこいいポーズ!

 さけぶ!

 お父さんの財布かくす!

 剣を振る!

 寝る!

 ゲーム!

 脳内妹と会話!

 食べる!


 みさきの耳は半分くらいの声を捉えた。

 そして賑やかな教室にゆいが帰還する。


「あ、ゆいちゃんって落ち込んだ時なにする?」


 急なことに目をパチクリするゆい。


「りょーくん踏みます」

「えぇぇ、みさきちゃんキレそう……」


 ゆいの周囲がざわざわする。


 もしかして喧嘩の理由それ?

 ええ、しょーもない。でもありそう。

 ピアノ勝負じゃないの?

 

「みさきも一緒に踏みます」


 りょーくんマゾかよ。

 おいバカっ、みさきに聞こえたらやばいって!


「……」


 思わず失言をした男子はみさきに目を向けた。

 幸いにも、みさきは何か考え込んでいる様子。


 ホッと息を吐く男子。

 一方で、ゆいは次の質問を受けていた。


「そういえばゆいちゃん、コンクールどう?」

「順風満帆です!」


 隙あらば四字熟語。

 すっかり元気を取り戻した様子のゆいを見て、その質問をした女子児童はパァっと笑顔になる。


「そっか! コンクール応援に行くからね!」

「会場は私語厳禁です」

「あっ、うん、ごめんね……」


 ちっ、空気読めよ。

 これだから戸崎姉は雑魚なんだよ。


「聞こえたぞチビ助!」

「誰がチビ助だ!」


 鋭く指摘するゆい。

 一方でみさきは、騒がしい外野を見ながら、うーんと考え続けていた。


 うまく言葉に出来ないモヤモヤが、みさきの知らない感情が、少しずつ、少しずつ大きくなっていた。

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