第213話 08:らいばる?


 みさきはのほほんとしていた。

 数年かけて醸成された不満は、りょーくんのなでなで一回で消滅している。みさきはちょろいのである。


 みさきの感情が揺れることは滅多に無い。龍誠の前を除けば、ゆいと喧嘩した時と、檀が東京へ行った時だけだった。


 だけど最近は、なんだかモヤっとしている。

 ゆいが鬱陶しいのはいつものことだ。これまで気になったことはない。そのはずなのに、龍誠に甘えてみても、弟の頬をつついても、檀の漫画を読んでも気分が晴れない。


 みさきの趣味は全滅した。

 しょんぼりしながら、ぼーっと考えている。


 勝負って、なんだろう。

 みさきは勝ち負けなんてどうでもいい。みさきの中にあるのは、りょーくんが喜ぶかどうか、それだけ。


 ……それだけ?


 最近のゆいを見ていると、もやもやする。

 かゆい。みさきの辞書にある言葉では、他の表現が出来ない。とにかく、かゆい。むず痒くて仕方ない。


 みさきは、その感情を知らなかった。

 だから、ぽりぽり、ぽりぽり、ぽりぽり……指の第二関節を使って器用に太腿を擦る。爪を使ったらダメだと龍誠に言われて考えた必殺技である。


 みさきは、よく周りから天才だと言われる。

 勉強も、運動も、何をやっても完璧。どんなことでも一回で覚える。周りからは、そう見える。


 だけど違う。

 みさきはいつも考えている。どうやったら出来るのか、どうやったら龍誠に褒めてもらえるか。物心ついた瞬間から、ずっと考え続けている。


 みさきが物事を一回で覚えた時、それは初めての挑戦ではない。何千、何万という挑戦のあとで、たった一回だけ新しい挑戦をしたに過ぎないのだ。


 もちろん環境による面もある。

 みさきの先生である龍誠は、幼少期に超一流の教育を受けていた。それがそっくり伝えられたのだから、公立の学校に通う子供達では相手にならない。


 いろいろな事情が重なって、みさきは周囲から飛び抜けた存在となっていた。


 みさきに競争心は無い。

 のんびりと、自分のペースで、ただ龍誠に褒めて欲しい一心で前に進んでいる。


 だけど最近、声が聞こえる。

 とてもとても遠いところから、声が聞こえる。


 それは本来なら隣にあるもの。

 いつも隣にあって、前に進む為の力になるもの。


 みさきは、それが何か分からない。

 みさきは、みんなの当たり前が分からない。


 だから、かゆい。どうしても言葉にすることが出来なくて、もやもやが止まらなかった。

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