第203話 SS:ゆいと思春期


 思春期。

 それは積み上げた黒歴史を棚に上げ、何もかもが恥ずかしいと思える時期のことである。


 中学二年生になったゆいは、思春期を迎えていた。

 ママ大好き! そう言って結衣に抱き着いていたのは二年前までの話。幼い弟達の面倒を見るゆいは、あの頃とは違う。


「かーくん、トマトあげるね」

「わーい!」


 トマトとか遥か昔に克服しましたよ? でもほら、体にいいからね。弟に譲ってあげるの。だってあたし、お姉ちゃんだから。


 このように

 ゆいは立派なお姉ちゃんなのである。


 思春期。

 それは悩みと隣り合わせ。


 大人からすればくだらないことでも、少年少女は悩み、悩み、悩む。もちろんゆいも例外ではない。


 ゆいには悩みがある。

 それは――


「あなたの目は節穴ですか!?」

「おまえこそ、何も分かってない!」


 ……また始まった。

 夜。自室で勉強していたゆいは、結衣と龍誠の声に溜息を零した。


 ゆいの悩み。それは二人の口論だ。

 結婚してから五年も経つというのに、飽きずに週一くらいのペースで発生する。


 幼い頃は好きだった。

 仲良しの証みたいな感じがして、なんだか微笑ましい気持ちになった。


 だけど今は違う。

 やめてくれと心の底から思っている。


「いいか、もう一度だけ言うぞ」

「往生際が悪いですよ」

「知らん。とにかくみさきに似合うのはこっちだ!」

「センスの欠片も感じられません! 此方の方が似合っています!」


 ……どうでもいい。


「その服はみさきよりゆいって感じだろ」

「いいえ、ゆいならこっちです」

「おまえの中のゆいどうなってんだよ、それこそみさきって感じだろ」


 ……ほんっと、どうでもいい。どうせ服なんか買っても制服しか着ないし。ていうか自分で選ぶし!


「ゆいねーちゃん、ママのなかにいるの?」

「かーくん、いつ来たの? 早く寝ないとダメだよ」

「ここにいるゆいねーちゃん、なに……」

「かーくん、寝ぼけてるね。お部屋もどろっか」


 次男のかーくん。

 なんか懐かれている。


「みさきぃ! 審査してくれ!」

「あぁズルい! みさきカードは反則です!」


 ドンマイみさき。早目に終わらせてね。


「みさきねーちゃん、カードなの?」

「かーくん、早く寝ないとオバケが出るよ?」


 怯えてる。かわいい。


「ゆいカードの使用を申請します!」


 やば、こっち来そう。


「ゆいねーちゃんもカードなの……?」

「ふっふっふ、そうだよ。早く寝ないとカードになっちゃうよ?」

「ねるぅ!」

「こらかーくん、ベッドで寝なさい」


 くっつかれた。かわいい。

 でも困った。しばらく離れないかも。


 ……静かになった?

 流石みさき。上手くやったんだね。


「私が上です!」

「いいや俺が上だ!」


 待って、早い。二回戦始まるの早過ぎるよ。今度は何?


「私の方が好きです!」

「俺の方が好きに決まってんだろ!?」


 あぁ、いつものやつだ。

 いつもいつも好きとか好きとか大声で……恥ずかしくないのかな? ほんっと、聞いてるこっちが恥ずかしいよ。


「……ねむい」


 あ、みさきが逃げてきた。


「おつかれ。いい加減にしてほしいよね」

「……ん」


 みさきは軽く顎を引いて、


「……一番は、みさき」

「何の話?」

「みさきの好きが、一番」


 うわー、なに言ってるのみさき。

 やばい、流石にそれは痛いって。

 だってもう中学生だよ? 大人だよ?

 なのに現実が見えてないのって……(笑

 あーあー、ほんと嫌になっちゃう。

 みんな分かってないなー。


「どう考えてもあたしが一番だから」

「……ん?」

「ん?」


 果たして――同じ理由で、二人の口論が始まる。

 

「何かおかしいとこあった?」

「全部」

「いやいや……ん?」

「んー?」


 人のふり見て我がふり直せ。

 仲睦まじい両親を見て育った二人は、大きな声で言い合うようなことはしない。


「どう考えてもあたしが一番でしょ」

「違う。みさき」

「みさきはりょーくんしか見てないじゃん。あたしは多くの人を見たうえでママにラブだから」

「うわきもの」


 その一言がゆいに突き刺さった。

 でも慌てない。ゆいは少し大人になったのである。


「水は何度で凍るでしょうか」

「違う。水が凍る温度をゼロ度と定義した」

「正解。物事には基準が必要ということです。つまり、りょーくんしか見てないみさきのラブはゼロです。よってあたしの圧勝です」

「…………」


 みさきは思う。

 最近ますます話し方が結衣さんそっくり。


「好きな人、喜んでほしい」

「そうですね」

「頼まれたら、断れない」

「そうですね」


 みさきは前置きをして、


「ゆいちゃん、トマト食べない」

「お、弟が喜ぶから、あげてるだけだし」

「……ひひっ」


 勝ち誇ったように笑ったみさき。

 ゆいはぐぬぬと唇を噛んで、


「おやすみ!」


 みさきを部屋から追い出した。

 それから直ぐにドアを閉めて、鍵をかける。


 数秒後、ゆいは軽く息を吐きながらグッと拳を握り締めた。


「……あたしの勝ち!」


 静寂。

 思わず口から飛び出た声はゆいの中で反響し、やがて思春期の鐘を鳴らす。


「~~!」


 ゆいはベッドに飛び込んだ。

 何してるのあたし! 何してるのあたし!


 直前までの何もかもが恥ずかしい。

 だから悶える。バタバタ足を動かす。


「うーうー!」


 隣で弟もバタバタする。

 その姿が、かつてのゆいと結衣にそっくりであることに、ゆいは気が付かない。


 とにかく恥ずかしい。

 その一心で、ゆいはバタバタし続けるのだった。

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