第202話 SS:檀の過ち
まだ龍誠がボロアパートに住んでいた頃。
みさきと檀は、親子のように仲良しだった。
檀の仕事は漫画を描くこと。
いつも家にいるから、龍誠が部屋を留守にする時は、みさきと二人で過ごす。
みさきは大人しい。あとかわいい。
龍誠はいつも申し訳なさそうに感謝の言葉を伝えるけれど、むしろ檀はみさきとの時間を幸せに思っている。なにせ、毎日のように銭湯へ行き、裸の付き合いをしている仲なのだから。
檀は息を吸うように裸のオツキアイを描いていた。
しかし無垢なみさきに浄化され、今ではスッカリ健全な漫画を描くようになっている。
今日も今日とて。
部屋の隅っこでのんびりしているみさきを背に、机に向かっていた。
目標は一般誌でデビュー!
子供でも安心して読めるような漫画を世に出す!
だが今日、檀は知ることになる。
過去は、決して消えないのだと――
まったり。
漫画を描く檀と、ぬいぐるみの中でコロコロしているみさき。
かきかき。ころころ。
かきかき。ぺら。
……ぺら?
檀は紙をめくるような音に違和感を覚え、手を止めた。それからみさきに目を向けて――
「ニァァアアアアアア!!?!?!?」
人間とは思えないような奇声をあげて、みさきが読んでいた『自画像』を取り上げた。
「……ん?」
不思議そうに首を傾けるみさき。
「……アヘッ……アヘッ」
白目になって浅い呼吸を繰り返す檀。
「……ど、どこで見つけたのかなー?」
「ここ」
「あー、ぬいぐるみの中にあったかー」
な”ん“で”!?
なんで放置したの!?
――自画像。絵描きならば誰もが一度は経験するであろう黒歴史。
通常、自画像であることは言わなければ伝わらない。様々なフィルターがかかるからだ。しかし檀のそれは、一目瞭然だった。
首から下を除いて
「……ちがう」
胸を見て言わないデェ!!
「みさきちゃん! お絵描きしよっか!」
「んっ」
みさきはピョンと立ち上がって、檀の定位置に立った。そこで振り返って、キラキラした目を向ける。
ほっと息を吐いて、檀は定位置に座った。直後、みさきは檀の膝に座る。そして――
「ちゅー?」
「二ァァアアアアアア!!??!?!?」
描きかけの原稿|(キスシーン)を目にした檀は、再び奇声をあげた。
「びっくり」
背中の檀を見上げてムッとするみさき。
顔を真っ赤にした檀は「ごめんね」と謝りながら、そっと原稿を背に隠す。
自画像(全裸)
原稿|(キスシーン)
もしも相手が龍誠だったら暫く顔を見せられなくなるような失態を前に、檀の心拍数が激しく上昇する。
「りょーくんの似顔絵、かこ?」
「んっ!」
一瞬で機嫌が良くなったみさき。
檀は静かに深呼吸を繰り返しながら、みさきと絵を描き続けた。
果たして、それから龍誠が帰るまで新たな問題が発生することは無かった。
それは、翌日のことである。
「小日向さん!!」
「アヘッ、ど、どうしました?」
ある日。
散歩の為に部屋から出た檀は、後ろから呼び掛けられてビクリと振り返った。
「見てくれ! みさきが絵を描いてくれたんだ!」
「そですか。あー、やっぱりみさきちゃん上手――」
嬉しそうにノートを見せる龍誠。
一方で、檀は絶句した。
「ところで小日向さん、頰に書いてあるコレ、何か分かるか?」
檀の心を読んだかのように龍誠はそれを指し示す。
「ピンク色だけど……俺、こんなのつけてたことあったか?」
全体的に柔らかいタッチの絵。
特に、頰から伝わるぷにぷに感は秀逸だ。
しかしそこには、不思議な突起が描かれていた。
龍誠は突起の正体が分からない。一方で、檀は一目で理解した。
あーこれ、ちくびだ。
「うーん、なんでしょうねー」
しかもこれ、私の自画像のアレだ。
そっかー、この柔らかそうなほっぺがおっぱいに見えちゃったかー。ごめんねー、普段ぺったんこしか見せてなくてごめんねー。
「みさきに聞いてみるか……」
「それはやめた方がいいと思いますっ」
「そ、そうなのか?」
かつてない迫力に思わず後退る龍誠。
「絵描きにとって! これなに? って聞かれるのはっ、最大級の屈辱なので! はい!」
「わ、わかった。聞かないでおく」
檀は思う。
この秘密は絶対に守り抜く。
墓まで持っていくのだと、そう誓った。
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