第200話 SS:ゆいとパンデミック!?

 

 目を覚ましたゆいは勝利を確信した。

 体が軽い。昨日の倦怠感が嘘のように消失している。つまり、風邪が治ったということ。


「かんぜんふっかつ!」


 ガバッと身体を起こしたゆい。そこで、誰かに手を握られていると気が付いた。


「…………」


 ところで。

 ゆいは自分の部屋を与えられて、一人で寝るようになった。それは一人前のレディになるためだ。一人前のレディはママに甘えたりしない。


 でも今はノーカウント。

 たまたま起きたらママが隣で寝ていただけだからノーカウント。たまたま寝相が悪くてママをギュッとしちゃってもノーカウント。


「しあわせぇ」


 ゆいは二度寝を決めた。

 だから、この時は気が付かなかった。


 結衣の口から漏れる息が、普段とは違う熱を帯びていたことに――




 ぴったり一時間後。

 ゆいは二度寝から目を覚ました。


 ママは未だ寝ている。

 よし、三度寝しよう。


 ゆいは目を閉じようとして、ふと違和感を覚えた。

 いまなんじ?


 ゆいは空いてる左手で枕元をペチペチして、キッズケータイを手に取る。


 キッズケータイ。電話とメールが可能で子供の居場所が分かる防犯ブザー。地域によっては持っていない児童を探す方が難しい代物である。色は黄色。


 ゆいはキッズケータイに表示された時間を確認して、


「にゃばあぁ!?」


 いつもなら朝ご飯を食べ終えて、行ってきますまで秒読みになっている時間。

 もちろん何も食べていない。それどころかパジャマのまま。隣にはパジャマのママ。くす。


「わらってるばあいじゃない!」


 ゆいは結衣の肩をペチペチする。


「おきて! おーきーてー!!」

「(顔を上げて)ん……?」

「みさきみたいなこと言わないで!」

「(ねっとりと)ゆ……い……?」


 ぞわり。妙な感覚が背中を駆け抜けた。

 ゆいは思わず絶句して、結衣の顔を見る。


 なんか違う!

 パッと浮かんだ感想を心の中で叫ぶ。


 きっと他の人が見れば一目で体調不良に結び付けることが可能だろう。しかしながら、ゆいの中にはママは最強という先入観がある。風邪が移ったのかも! という発想には至らない。


 一方で、結衣も似たような状況だった。


 高熱。

 これまで一度も経験したことのないような高熱が、彼女の思考能力を低下させている。果たして、理性がふわふわした結衣は――


「(手を伸ばし)ゆぅ~いぃ~」


 ゆいはサッと飛び退いた。

 なんか、なんか怖い!


「たいへーん!」


 部屋を飛び出したゆい。

 どうする? 考える。


「りょーくん!」


 ゆいは握り締めていたキッズケータイを操作して、電話をかけた。


「たいへんです!」


 まだ反応は無い。でも、ゆいは電話が繋がっているものと信じて語り掛ける。


「ちゃんときいて!」


 ゆいは普段、結衣としか電話しない。

 結衣は常にワンコールで電話に出る。なんならノーコールで出ることもある。ゆいにとっては、それが当たり前。だから、相手が電話に出るのを待つという概念が無い。


「ぷるるるじゃない!」


 理不尽な怒りをぶつけた直後、龍誠は電話に出た。


「むきぃー!」

『(ねっとりと)……どうした?』


 ぞわり。耳元で囁かれ、ゆいの背筋が震えた。

 これは――ママと同じ!


「……みさきは?」

『今日はお休みです』

「なんで!?」

『お熱が出たので、安静にさせます』

「おねつ……?」


 そこで、ゆいは初めて考える

 うつった? あたしの風邪、みんなに移った!?


「(泣きながら)ゆいぃ~、どこですか~?」


 ゆいは振り返る。

 そこには誰もいない。


「ゆぅ~いぃ~」


 ただ、声だけが聞こえる。

 ドクン、ドクンとゆいの心臓が警鐘を鳴らす。


 そして――真っ白な腕が、部屋の中から現れた。


「~~っ!」


 声にならない悲鳴をあげるゆい。

 真っ白な腕はドンと床を叩き、直後に地を這う結衣が現れた。彼女は重々しい動きで顔を上げて、ゆいを見つけた瞬間に破顔した。


「ゆいたんみっけた~」


 ゆいは焦った。

 ママがおかしい。もしかしたら、風邪を移してしまったのかもしれない。


 ゆいは結衣に駆け寄った。


「こっつんこ!」


 漫画で得た知識を元に額を合わせる。


「あつぅい!」


 直後に叫んだ。

 そして確信する。


 ママかぜ!

 あたしのが感染した!


「ひゃくとーばん!」

『警察? 何があった!?』


 穏やかではない言葉に龍誠が大声を出す。


「あ~、りょうせいくんのこえだ~」


 結衣は素早くキッズケータイを強奪して、


「もしもーし、あなたの結衣ですよ~」

「かーえーしーてー!」

 

 龍誠は考える。今のはワインの香りにやられた時の結衣とそっくりだ。そして隣には警察を呼ぶほど大慌てのゆいちゃん。ここから導き出せる答えは――分からないけど、なんかヤバそう。


『とりあえず行くから大人しくしてろ』

「はーい、大人しくしてまーす!」

「かーえーしーてー!!」


 結衣の手をひっぱるゆい。だけど、全体重を掛けてもビクともしない。


「(抱き締めて)ゆいたん、りょーくんが来るよ~」

「あつい! ママあつい!」

「熱くないですよーだ」

「はーなーしーてー!」


 ゆいは抵抗して、抵抗して――あれ、なんか、わるくないぞ?


「ハナセー」

「うへへぇ、ゆいたん喜んでますぅ」

「チガウヨー」


 頬を擦り付け合う二人。

 ゆいはイヤダーとドラマの子役もビックリな大根役者っぷりを発揮しながら、されるがままだった。


 数分後。

 結衣と同じような状態になったみさきを背に乗せた龍誠が、冬とは思えないほどの汗を流しながら二人の前に現れた。


 そして、ゆい以外の三人は揃って病院へ行ったのだった。



 ――学校にて。



「そっかー、ゆいちゃんたいへんだったね」

「たいへんでした!」


「るみるみはトップアイドルだから、たいちょうかんりはバッチリ! ゆいちゃんにもでんじゅする?」

「けっこうです!」


「……そっか。ゆいちゃんだけは、げんきだもんね」

「さいきょうです!」

「バカはかぜひかないってホントなんだね」

「せいいあるしゃざいをもとむ!」


 ぷんすか怒るゆい。

 実はインフルエンザだったゆいによって学級閉鎖が起こるのは、もう少し後の話。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る