第197話 SS:なんでもバスケット!(前編)
その日、二年生の教室に戦慄が走った。
発端は教師である岡本の何気無い一言。
「はーい、今から皆でなんでもバスケットしまーす」
レクリエーション!
春休み明けに行われるそれは、久々に始まる学校生活に向けて心の準備をする時間。
本来ならば、低学年の児童達にレクリエーションと告げれば教室が動物園と成り果てる。だが今年の二年生は誰一人として声を上げない。お行儀よく座って、静かに先生の次なる言葉を待っている。
……あー、はいはい。
もう慣れました。とっくに慣れましたよーだ。
この児童達と一年間付き合った岡本は、いまさら動揺しない。もうちょっとハシャいでくれてもいいのになー、と思うことはあるけれど、動揺はしない。
「ルールが分かる人は手を挙げてくださーい」
挙手……無し!
数人の児童がアイコンタクトを取っているが、
――エリカ、知ってるか?
――いいえ知らないわ。どんなバスケットなのかしら。楽しみね。
岡本の脳内ではこのようにアテレコされる。
もちろん登場人物は子供ではない。ハリウッド的な何かだ。
彼等は嘘をつかない。
誰も知らないと言うならば、本当に誰も知らないと考えて良い。
「では説明します。まずは椅子を丸く並べて、真ん中に一人だけ立ちます」
「るみるみのでばん!?」
「違います。真ん中の人は鬼です」
「まんなかはせんせーだ!」
「はーい、いま先生を鬼扱いした子は素直に手を挙げてくださいねー」
ひゅー、と口笛が聞こえる。
岡本はにっこり笑って、
「鬼に選ばれた人は、何か言います。例えば、今朝パンを食べた人」
岡本は手を挙げて、児童達に挙手を促す。
数人が素直に手を挙げた。
「その人達は椅子から立ちます。そして、自分が座っていなかった椅子に座ります。鬼だった人は、空いている椅子に座ってください。座れなかった人が次の鬼です」
「しつもんです!」
「はい、隼人くん」
まとめ役。クラスの学級委員的な存在。
「ひとりしか立たなかったら、どうすればよいのですか?」
「いい質問ですね。その時は、その人が鬼になります」
「では、ひとりも立たなかったら?」
「鬼の人はもう一回です」
「なるほど」
その声に合わせて、教室内に「なるほど」という空気が伝搬していく。
もしも違う児童達が相手ならば「本当に分かっているのかな?」と不安になっていたところだが、このクラスは違う。
確実に伝わっている。
彼等から質問が無いということは、つまり分からないことが無いということなのだ。
「それから、ルールはもうひとつあります」
岡本は少しだけ声のトーンを落として
「三回鬼になった人には……罰ゲームを受けてもらいます」
ざわ……ざわ……
「ばつゲームとは、どのようなものですか?」
「例えばゆいちゃんなら、トマトを食べてもらいます」
ガタり。
ゆいは椅子から転げ落ちそうなくらいに体をのけぞらせて、顔面蒼白になって叫んだ。
「デスゲーム!?」
その一言で、教室の雰囲気は一変する。
「このゲーム、いいかえれば……」
誰かが言った。
「ひとりをねらいうち……」
誰かが続けた。
「罰ゲームへ誘う狂気の宴……ッ!」
皆が声を合わせて、
「「「まさに……デスゲーム!」」」
なんだこの小学生。
岡本は笑顔の裏で激しく困惑する。
――否、困惑していたかもしれない。
ほんの一年前であれば……ッ!
「ククク、気付いてしまったか」
岡本は不敵に笑う。
「そう、これはデスゲーム。だが安心して欲しい。本当に命を取るようなマネはしない。尤も――それに近い苦痛が無いとは、決して言えないけれど……」
――始まる。
なんでもバスケット! という名のデスゲームが……
己が命運をかけた究極の心理戦が……はじまるッ!
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