第196話 SS:保護者面談(闇)

 保護者面談。

 それは戦争である。


 ただし、教師は武器を持たない。

『モンスター』を所持したペアレンツに対して、教師は圧倒的に無力だ。


 故に情報収集が重要となる。

 教職に就いて七年が経過した岡本は、それを痛いほど理解している。


 子は親を映す鏡。これは究極の格言だ。


 親を知るには児童と密に接すれば良い。

 それこそ『モンスター』の発動を阻止する最善の策であるというのが、岡本の持論だ。

 

 岡本には苦い経験がある。

 現代は面倒毎を抱えた子供の比率が高いので、あまり深く関わらないのが鉄則だ。しかしながら、当たり障りのない回答ばかりをしていると『モンスター』発動の恐れがある。かといって踏み入ったことを言い過ぎれば、ふざけるなアンタ何様『モンスター』が発動する。


 しかも『モンスター』の発動条件は親によって異なる。

 故に情報収集が重要なのだ。子を良く知ることで、親を推し量らなければならない。


 さもなければ、保護者面談という戦争を生き残れない。

 しかしながら、岡本は受け持った児童達を愛している。何か家庭に問題があるならば、大学で学んだ知識を生かして、積極的に介入したいと考えている。もちろん、余計なことを言って『モンスター』の脅威にさらされた経験も少なくない。それでも、岡本は傍観者ではいられない。


 彼女は、いわゆる熱血教師なのである。


「――これは、どういうことですか?」


 今年度最初の保護者面談。

 岡本は戦慄していた。


「…………」


 受け取ったのは、名前のところに我と書かれたプリント。

 一年生の最後に書いた作文『しょうらいのゆめ』


 そこには「せんせいのことば」が記されている。

 児童に合わせた黒よりも黒き言の葉が、記されてしまっている。


「…………」


 岡本は一瞬で事態を察した。


 目の前にいるのは穂村ほむら蒼真そうまくんの母親。

 個性的な児童達の中で、特に異彩を放つ男の子の母親。


 不可能だった。

 あんな言葉遣いをする子供が、いったいどんな家庭から生み出されるのか。そんなもの想像できるわけがない。


 ひとつ、家では普通の言葉遣いをしている。

 ひとつ、あれは父親の影響であり母親は良く思っていない。


 どちらかであれば確実に『モンスター』が発動する。

 岡本は戦慄して、無心で審判の時を待った。こういう時は余計なことを言わないのが正解なのだ。


 やがて、穂村母は口を開く。


「――ふっ、簡単に口を割ってはくれぬか」


 岡本は生還を確信した。


「正直、侮っていましたよ。所詮は国家の犬であると」


 クク、クククク。

 穂村母は肩を揺らす。


「私は後悔していました。我が子に闇の力を授けるのは尚早だったのではないかと。しかしながら、斯様な教師との邂逅があるとは……素晴らしき僥倖に救われました。クク、クククク」


 その反応を見て緊張が解けた岡本も、同じように肩を揺らす。

 同時に、やっぱりあの格言はすごいなと、この時ばかりは小学生のように純粋な気持ちで思った。



 ――それを教室の外で聞いている結衣は、困惑していた。



 おかしい、前回は普通だったはずだ。

 国家の犬とか、闇の力とか、非日常的な単語が連続している。


 そして全体的に小難しい表現が多い。

 結衣は思う。もしかして、あれが最新の作法なのではないだろうか。


 ならば意識しなければならない。

 親の無知によって愛しい娘に恥をかかせるなど、あってはならない。


 果たして、直前の人が教室から出てくる。

 結衣は軽く会釈をして立ち上がった。


 教室を覗くと、女性の教師から「どうぞ」と声がかかる。

 結衣は人生で一二を争うくらいに緊張して、教室に踏み入る。


 そして、口を開いた。


「久方振りですね。我が子は相も変わらず学び舎を謳歌していますか?」


 羞恥心を押し殺して、それっぽい言葉を選んだ結衣。

 しかし、言った直後に失敗だったと気が付く。岡本の色が、明らかに困惑を表している。


「……あの、その、先程の方は、少し特殊な家庭の方でして」


 結衣は事情を察する。


「忘れましょう。お互いに」

「……はい、そうしましょう」


 ――保護者面談!

 それは、戦争なのである!

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