番外編

第194話 AS:エロ同人と健全な恋


 人生は選択の連続である。

 朝食に何を食べようかという取るに足らないことから、人生を左右するような重大なことまで――人は、ありとあらゆることを選択し続けている。


 もしもの話。

 重大な分岐点で別の選択をしていたら、別の未来があったかもしれない。


 例えばそれは、進学先だったり、就職先だったり――大切な人に気持ちを伝える瞬間だったり。




「あの時の返事、聞かせてもらってもいいですか?」


 ――天童さんが、決めてください


「……俺も、返事をしようと思っていた」


 深夜、二人きり。

 アニメを見終えた後の二人。


 檀は、龍誠に問いかけた。


「俺は――」


 言いかけて、唐突に彼は気が付いた。

 違う。本当は最初から分かっていた。


 ただ、覚悟が出来なかっただけなのだ。

 だから彼は自分に言い聞かせる。


 覚悟を決めろ。


「俺は、小日向さんと一緒にいたい」


 これは、もうひとつの物語。

 彼が選ばなかった、もうひとつの未来。



 *



 その後の二人は順調だった。

 変わっていく関係に戸惑いながら、どんどん好きになった。みさきを連れたデートを重ねて、深夜には二人でアニメを見た。


 そんな日々が一年ほど続いて――


 いつも通りアニメを見終わった後、二人はいつものように話をしていた。


「そろそろ檀の本もアニメになるといいな」

「ふひひ、売り上げ的には、順調なんですけどね」


 ソファの上。

 肩を寄せ合って座る二人。


 互いの手を通じて感じる温もりは、一年が過ぎた今でも温かい。


「りょーくんが資料作りに協力してくれるおかげですね」

「なんというか、俺との経験を元に作られた漫画を多くの人が読んでるって感覚は、慣れないな」

「心理描写なんて、ほぼ私の感想ですし。かなり盛ってますけど」


 互いの呼び方も変わって、距離の近付いた二人。

 だけどこの日、檀は気が付いていた。


 龍誠が普段より少し硬い。

 いやそれは下ネタとかじゃなくて普通に態度が堅いという意味で何故下ネタを言及したのかというとそれは夜の営みは未だに無くて生殺し状態で地味にアレがアレでアババババババ。


 つまり、普段より緊張していて、右手が怪しい動きをしているということである。


 いやこれも下ネタではなくて普通に右手を見せてくれないという意味で決して大事な部分を弄っているというわけではなくてむしろ後ろにありますというか後ろというのは隠語としての後ろという意味ではアバババババババ。


「…………」

「…………」


 沈黙の中で、龍誠は檀に伝えようとしていた。

 自然と握っている手にも力が入り、その緊張が直接檀に伝わる。


「……ああくそっ、やっぱ言葉が浮かばない」


 檀の手を持ち上げて、隠していた右手を重ねた。


「檀、」

「はい喜んで!!」

「……まだ何も言ってないぞ」

「アヘッ!? ヘッ!?」


 慌てふためく檀。

 それを見て、龍誠の緊張は一気に吹き飛んだ。


「たく、ビビってたのがバカみたいだ」

「……ぃ、ぃぇ、ぉぉ、ぁぉ」


 あらためて、龍誠は言う。


「檀、結婚しよう」

「……はい、ずっと待ってました」


 挨拶をするかのように人生で一度きりの会話を終えた二人は、自然と唇を重ねた。資料作りと称した「檀の願望」を叶え続けたことで、二人の間に躊躇いは無い。


 いつの間にか両腕が互いの背に回っていて、より近くに、より強く求め合った。唾液の重なり合う音が響き、徐々に吐息が艶っぽく、激しくなっていく。


 そして――身を離した二人の間で、透明な糸が光った。


 糸は重力に従って形を変え、静かに落下する。

 それを合図にしたかのようにして、龍誠は言う。


「……檀」

「……はい」


 恍惚とした表情で、檀は龍誠を見つめていた。

 龍誠も熱っぽい視線で檀のことを見つめ返して、そして――


「寝ようか」

「……そうですね」


 いつものように、そう言った。


「おやすみ、また明日」

「はい、おやすみなさい」


 二人は互いに自分の部屋へ入った。


 檀は虚空を見つめたまま布団に入って、そのまま膝を抱えて小さくなる。


「これは焦らしプレイ、これは焦らしプレイ、これは焦らしプレイ……」


 そして、まるで壊れた機械のように呟き続けたのだった。



 *



 次の土曜日、三人は新幹線に乗っていた。

 行き先は檀の実家。もちろん目的は、檀の両親に挨拶をすること。


「うぉぉぉ母さん! 檀が彼女と子供を連れて帰って来た! IPS細胞だぁ!」

「なぁぁんですってぇ!?」


 果たして実家に着いた直後、龍誠は二人が檀の両親であると確信した。


「騒がしい親ですが、何卒、ごゆっくり」

「楽しそうでいいじゃないか」

「……まゆちゃん、そっくり」


 くすくす笑う龍誠と、彼の肩の上から言ったみさき。

 恥ずかしくなった檀は、逃げるようにして家に上がった。




「えええぇぇぇ!? 男ぉ!? しかも結婚ンン!?」

「うそおぉおお!? 檀が!? こんな美青年と!?」


 連絡も無しに帰ってきた娘から知らされた事実に、二人は檀を上回るオーバーな反応を見せた。


「びせーねん?」

「しかもコドモォォォオ!?」

「いつ生んだのォォォオ!?」


 みさきを見て絶叫する両親。


「えっと、みさきちゃんは私の子ではなくて」

「連れ子ォォオオオオオオ!?」

「バツイチィィィィィィィ!?」

「もう! 普通に反応して!」


 絶叫する両親を前に檀はひたすら赤面する。

 そんな姿を見て、龍誠はこっそり笑い続けていた。




 いろいろ苦労して説明を終えると、両親は喜んで龍誠とみさきを迎え入れた。


「さあ、これから家族になるんだ。遠慮せず飲むといい」

「酒は飲まないと娘に誓っているので」

「私の酒が飲めないと言うのかい!?」

「お父さん! そういう面倒な絡み方やめて!」


 赤飯が用意された食卓で、龍誠は檀の父親に絡まれ続けている。


 一方で、


「すごーい! みさきちゃんは小数点の計算が出来るフレンズなんだね!」

「かんたん」

「あーもう可愛い子ねぇ! お菓子あげちゃう!」

「ありがと」


 みさきは檀の母親に可愛がられていた。


「ところで龍誠君、君は檀の何処に惚れたのかね?」


 酔った勢いで繰り出された問いに檀は全身を緊張させた。


 龍誠は少し上を向いて、


「考えたこと無いな。近くにいると嬉しくて、話をすると楽しくなって、悩んだ時は頼りになって……たまに不思議なことを言ったり、やったりするけど、そういうところも含めて、そう、強いて言えば全部に惚れてます」


 彼の発言を受けて、一時の静寂が生まれた。

 酒で顔を赤くした檀の父親は、孫と遊ぶ老人のように目を細める。


「聞いたか檀、父さんは糖分過多で倒れそうだよ」


 幸せで顔を赤くした檀は俯いて、堪え切れずにふひひと笑った。




 あっという間に時間が過ぎて、夜になった。

 みさきが檀の母に気に入られて抱き枕となっていた頃、檀と龍誠は背中合わせで震えていた。


 檀が使っていた部屋に案内されて、そこで見たのはベッドの上に並んだ二つの枕。


 母曰く「客用の布団? 無いよ、そんなの」

 父曰く「龍誠君、耳栓をするから安心してくれ」


 果たして二人は初めて同じベッドで寝ることになった。


 二人はこれまで、資料作りと称して様々なことを行なった。


 デートを重ね、恥ずかしい台詞を言い合った。情熱的なキスだって抵抗無く出来るようになった。


 しかし、それはあくまで一般誌で連載中の檀先生による資料作りである。周りを見ると、小学生が読むような少女漫画でも本番行為があったりするけれど、檀の作風とは違う。


 それに、檀には確信があった。

 きっと一線を越えてしまったら、もう止まれない。


 鬼畜エロ同人の神様とまで言われた妄想力で、彼をドン引きさせる未来が視える。いや、彼のことだから本当に資料作りだと思って付き合ってくれるに違いない。そんなことになったら、二人の関係が壊れてしまうかもしれない。


 そういう恐怖心から、檀はキスより先を求めなかった。






 五年前までは






 印税キャッシュ一括で建てた一軒家。

 私は愛する夫と、中学生になったみさきちゃん、それから四歳になった長男のかけると三歳の長女、茉莉まりの五人で暮らしています。


 りょーくんとの子供なら何人でも欲しいけれど、幼い子供の世話をしながら漫画を描くのは大変だったから、二人が大きくなるまで三人目は我慢しようという話になりました。


 最初こそ寝ても覚めても「資料作り」な日々だったけれど、流石に色エロと、もとい色々と衰えました。


 今では長期連載となった漫画の続きを描きながら、のんびり家族で暮らしています。


「うーん、最近なんだか肩凝りが悪化してる気がします」

「揉んでやろうか?」

「お願いします」


 土曜日の朝。

 私が職業病に苦しんでいると、夫が優しくそういった。


「はー、ふぅー、んん〜ぎもぢぃぃぃぃぃぃ」


 夫のマッサージはプロ級です。

 実際にプロのマッサージを受けたことは無いけれど、気分の問題ですね。


「ママ! 見て!」

「ごめんね、この距離じゃ見えないからね」


 肩を揉まれて幸せを感じていると、長男の翔がタブレットを私の顔に押し付けました。


 夫に似て中性的というか、年齢も相まって女の子にしか見えない翔。趣味も私の影響か絵を描くことで、私は息子にスカートを履かせたい衝動と日々戦っています。


 私は押し付けられているタブレットを受け取って画面に表示されている絵を見ました。


「パパとママ!」


 肩を揉まれている私を模写した絵。

 ハイテクな機械によって補正されたその絵は、とても五歳児が描いたものとは思えない出来の良さです。親としては誇らしくて、思い切り褒めてあげたい。


 だけど……


「ええっと、ママこんな表情してた?」

「アヘッてたよ!」


 育て方を間違えたかもしれない。そんな風に思ってしまいます。


「翔も将来は漫画家になれるかもな」

「ほんと!?」


 夫に褒められた翔が飛び跳ねて喜んでいます。


「みさきねぇちゃんみたいになれる!?」

「ああ、頑張ればなれるかもしれないな」

「がんばる!」


 これで「将来はママみたいになりたい!」と言ってくれればアヘ顔笑顔でワンツージャンプ出来るのですが、残念ながら目標はみさきちゃんなのでした。


「かーくん、茉莉ちゃんはお姉ちゃんの所?」

「いっしょにねてるよ!」

「そっか。そろそろご飯だから起こしてくるね。かーくんは座って待ってて」

「はーい!」


 素直で良い子です。

 軽く頭を撫でてから夫に息子をよろしくと目配せをして、よいしょと立ち上がります。


「あー! ママよいしょっていった! おばあちゃんだ!」

「りょーさん、りょーさん、懲らしめてやりなさい」

「おう! 覚悟しろ翔、高い高いの刑だ!」

「やめてー!」


 息子は高い所が苦手です。

 頻繁にイタズラをしては、夫に持ち上げられて悲鳴をあげています。


 さて、みさきちゃんを起こしに行きましょう。


 中学生になったみさきちゃんは、私の影響か同人誌を書いています。もちろん健全な一般向けの内容で、絵のクオリティだけならば、私も勝てるかどうか怪しいくらいです。


 幼い頃から物覚えが良かったけれど、あれほど成長するとは思いもしませんでした。今年のコミケでデビューする予定ですが、きっと大勢の方がファンになると思います。


 ところで中学校では美術部に所属していて、アナログな絵も描いています。その腕前は厳しい目で見ても中学生を超越していて、コンクールに出した作品の数よりも受け取った賞状の方が多いくらいです。


「みさきちゃん、茉莉ちゃん、ご飯作るよー」


 声をかけながら部屋に入りました。

 部屋には大きな窓があって、そこから朝日と共に涼しい風が入り込んでいます。風に乗って微かに漂う絵の具の匂いから察するに、きっと昨夜も遅くまで絵を描いていたのでしょう。もしかしたら寝たのが一時間前ということも有り得ます。


 窓の傍には、みさきちゃんが愛用している木製の小さな椅子と、画架イーゼルに立てかけられたままのキャンバスがありました。どちらも夫がプレゼントしたものです。その横にあるベッドで、みさきちゃんと茉莉が仲良く並んで寝ています。


 私はこっそり近付いて、絵を見ることにしました。

 そこに描かれていたのは、夫と、夫に持ち上げられて涙目になっている息子の絵でした。


 予知能力か!? なんてことを思いながら、みさきちゃんを起こします。


「朝だよー、先に食べちゃうよー?」


 肩を揺らすと、みさきちゃんはゆっくり目を開きました。


「……おはよう?」

「おはよう。また遅くまで絵を描いてたの?」

「……茉莉が、喜ぶから」

「ふひひ、茉莉はお姉ちゃんが大好きだね。でも、まだ幼いから早く寝かせてあげてね」

「……ん」


 みさきちゃんは頷いて、そっと体を起こしました。すると、みさきちゃんに抱き着いていた茉莉が餌にかかった魚のように持ち上がります。みさきちゃんは茉莉の脇に手を入れて抱き上げると、そのままお姫様抱っこに移行しました。


 この五年間で急成長したみさきちゃんと、まだまだ発展途上の茉莉。茉莉は私から生まれたはずですが、この姿を見ているとみさきちゃんが母親なんじゃないかと思えてしまいます。おっぱい的な意味で。


「りょーくんと、かーくんは?」

「先に待ってるよ」

「ん、直ぐ行く」


 みさきちゃんはベッドから降りようとして、ふと自分の描いた絵に目を留めました。


「みさきちゃん、どうしてこの絵を描いたの?」

「かーくん、可愛いから」


 みさきちゃんは、息子を溺愛しています。私と夫が忙しい時に子供達の面倒を見てくれていたから、その影響かもしれません。逆に子供達もみさきちゃんのことが大好きで、茉莉なんて毎日みさきちゃんと一緒に寝るくらい懐いています。


 立派なお姉ちゃんだなと思う反面、


「りょーくんも、あんな感じ、だったのかな」


 その微笑みに何か深い意味があるように思えてしまうのは、気のせいでしょうか。




 さて、家族五人が揃ったところで一家団欒の時間です。

 今日の朝食は、砂糖パンと野菜と栄養がたっぷり詰まったサラダです。


 砂糖パンは、トーストにバターを塗り、その上に砂糖を乗せて焦げ目が付くまでオーブンで焼いた物で、簡単で美味しくて、甘党だらけの我が家では大好評です。


「こら、トマトから逃げちゃダメ」

「トマトはあくま! ゆいねぇちゃんがいってた!」


 息子はトマトが嫌いです。確かにドロっとした食感がキツいのは分かりますが、栄養たっぷりなので、意地でも食べさせたいところ。


「茉莉は平気で食べてるよ。かーくん、妹に負けてもいいの?」

「うー!」


 ぐぬぬ顔になって茉莉を睨む翔。一方で茉莉は、何食わぬ顔で食事を続けていた。小さな手を一生懸命に使って行う食事は、ずっと見ていたい程の癒やし効果があります。


 しかし、息子のトマトへの憎しみを浄化することは出来ない模様。


「まったく、みさきちゃんからも言ってあげて」

「……ん」


 みさきちゃんは口の中に残っていた物を飲み込んで、


「ゆいちゃんと、いつ話したの?」

「きのう! ラインで!」

「……ん」


 なぜでしょう。

 優しく微笑んだみさきちゃんが、とても恐ろしく見えます。


「ゆいちゃん、トマト、食べるよ」

「うそ!?」

「ほんと。これから、いっぱい」


 ところで、ゆいちゃん……戸崎さんとは交流が続いています。家が離れているので会うことは滅多にありませんが、子供達はSNSなんかで頻繁にやりとりを行っているようです。


「みさき、ご飯の時はスマホしまえ」

「ごめんなさい。結衣さんに、メールしたくて」

「あいつに? 何かあるのか?」

「近くで、トマト、安いよ」


 絶対ゆいちゃんに食べさせる気です。


「ゆいちゃん、かーくんに、変なこと言うから」


 不敵に笑うみさきちゃん。

 なぜでしょう? 弟を庇う姉というより、男に付いた虫を払う女に見えます。気のせいだと信じたい。


「かーくん、トマトは、嫌い?」

「きらい!」

「お姉ちゃんが、あーんしても、嫌い?」

「……うー!」


 箸でトマトを差し出すみさきちゃん。

 息子は何かと戦っているような表情をして、うーうー唸っています。


 その時、隣に座っていた茉莉が、みさきちゃんの腕をくいと引きました。


「あーん」


 茉莉がトマトを要求しています。

 みさきちゃんは少しだけ目を細めると、そのままの表情で茉莉にトマトをあーんしました。


 夫との時間を子供に邪魔された新妻のように見えてしまった私は、何かの病気なのでしょうか。少しだけ心配です。


「この音……檀のケータイじゃないか?」

「はい? ……あ、本当に鳴ってますね」

「やーい! ママなんちょう! なんちょうしゅじんこう!」

「かーくん、今度ママとじっくりお話しましょうね」


 まったく、特殊な言葉ばかり覚えて大変です。

 息子の将来が不安で、思わずアヘってしまいそうに……ならないですね。なりません。


 さてさて、私は電話をする為に少し席を外しました。

 お相手は編集さんです。朝から電話なんて珍しいので、少し不安です。


『あーどうもお世話になっております。まゆみん先生、お時間よろしいですか?』

「はい、大丈夫ですよ」


 まゆみん。

 私のペンネーム。安直なんて言わせない。


『いやぁ実はですね、昨夜アニメ会社の方と一杯やりまして……』

「相変わらずお酒ばかりですね。少しは控えた方がいいですよ」

『いやいやお酒は薬ですよ。一日でも飲めないと、体調が悪くなりますから』

「重度のアル中ですね。エロ同人みたいなことになる前に病院に行くことをオススメします」

『今迄聞いた言葉の中で一番病院に行きたくなりました。流石まゆみん先生ですね』


 はっはっは。


『さて、なんの話でしたか……そうそう、アニメ会社の方と一杯やったんですよ』

「はい、そうなんですね」

『分かりませんか?』

「と言いますと?」


 たっぷり間を作って、編集さんは言いました。


『おめでとうございます。アニメ化、決定です』

「…………」

『アニメ化決定ですよ? まゆみん先生? 聞こえてますか?』


 …………

 ドドンッ(スマホが落ちた音)

 ダダダダ(廊下を走った音)

 ガラララ(窓を開けた音)


「ふおおおぉぉぉぉぉ!!」


 パパ~、またママがこわれてるよ~。

 ああ、なんか、あったんだろうな。




 ということで、二年後。




「ふひひ、良いアニメでした」

「原作の良い所を丁寧にアニメ化していたな」


 私と何年も過ごしたからか、夫のコメントがオタクっぽくなってきました。いろいろ思うところはありますが、ふひひ、私色に染めてやったぞ☆ ということにしています。


「いやはや……感慨深いですなぁ」

「そうですなぁ、おばあさん」

「あらあらおじいさん。私はまだアラサーですよ」


 ほっほっほっほ。


「しっかし、相変わらずアニメは深夜なんだな」

「そういう業界ですからね。でも今は録画機器が進化していますし、配信も充実しています。ビデオテープの時代は、いろいろと闇でしたよ。ほんと」


「ビデオテープか。そういや見たことねぇな」

「あれれ、りょーくん年上ですよね?」

「野球の延長と戦う日々だったことは知ってる」

「あとは天候ですね。雨が降ったらアニメが見られない時代でした」


 子供の頃を思い出しながら、私は言いました。


「闇が深いな……」


 夫の的確なコメントに恐れ入ります。


「……」

「……」


 次のアニメが始まって、私達は自然と口を閉じました。


 なんだかSFチックなアニメで、ちょっと私の趣味とは違います。だけど夫は興味津々といった様子で、ちょっとかわいい。


 私はAパートが終わるくらいから、アニメ鑑賞をやめて夫鑑賞を始めました。


 思えば結婚してから随分と経ちました。

 夫は相変わらず女性に近い顔立ちをしていますが、流石に年齢の分だけ貫禄が……うーん、髭とか生やしたら……あれ? 髭を剃ってるところ、見たこと無いですぞ?


 思えば下の方も以下省略。夫は特殊な訓練を受けているということで納得しましょう。


 ……なんだか懐かしい感じです。

 子供が生まれてから、二人で深夜にアニメを見る機会は少なくなっていました。


 土日休みに録画したアニメを見ることはありましたが、こんな風に肩を寄せ合って見るのは久々です。


「伏線っぽい描写の多い一話だったな」

「そですね」


 いつの間にか終わってました。

 やれやれ、夫鑑賞をしていたら時の流れがマジでガンジーでした。助走を付けて過ぎ去ったということです。


「さて、そろそろ寝るか」

「……あの、久々に一緒に寝ませんか?」

「どうした突然」

「その、久々に二人でアニメを見て、結婚したばかりの頃を思い出したといいますか……」


 指をツンツンしながら、夫をチラチラ見ます。


「確かに、久々だな」

「はい。子供達が大きくなるまでは……ということだったので」


 チラチラと、夫にアピールします。


「檀、まさか」

「……それ以上は、言わせないでください」


 このあとメチャクチャ()




 という感じで、私は夫と仲良くやっています。やっているというのは別にこれは卑猥な意味ではなくて一般的なベクトルから発せられた言葉であり曲解するのはむしろアヘェッ!


 子供達も、すくすく育っています。

 みさきちゃんは近くの高校に通いながら同人活動を行なっていて、ネットでは一般向けおねショタ界の神と呼ばれています。


 長男のかーくんは小学生になって、周りに絵を描くのは女っぽいと茶化されることを悩んでいるようです。その話を聞いたみさきちゃんの顔が少し怖かったけれど、穏便に終わると信じています。


 長女……次女の茉莉も絵を描き始めました。拙い絵ではありますが、いくつも四コマ漫画を描いていて、とても将来が楽しみです。


 そして私は、漫画を描き続けながら、ちょくちょく夫とイチャイチャしています。


 休日には子供達と遊んで、毎日が本当に幸せです。


「檀、編集さんが早く新作のネームを寄越せだと」

「アニメ化作家の私なら、まだ引っ張れるはず」


 もちろん悩みもありますが、なぁに些細なことです。


「一週間以内に提出しないと契約を打ち切るってさ」

「資料作りぃぃぃぃぃ! 手伝ってください!」


 やれやれと頷くりょーくん。

 私達の日常は、まだまだこれからです。


 そんな言葉と共に、この日記を閉じたいと思います。

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