第179話 SS:もう、やだ、げんかい


「ぐぅるるるるるるる……」


 新学期。

 ゆいは学校で唸っていた。


 最近どうしても許せないことがある。

 なにって、それは……


 トマト多過ぎ!

 いっつもトマト!


 昨日もトマト!

 今朝もトマト!


 給食もトマト!

 もう怒った!!


 ――そう、今のゆいは切れてる猫のようなものである。

 近寄ったら引っかかれるよ。その傷、わりと残るからね。


「るーみみん☆ ゆいちゃんどしたの?」

「キシャァ!?」


 睨み付けるゆい。

 瑠海はハッとして、どこかへ走っていった。


 数秒後、みさきを連れて戻ってくる。


「……ん?」


 給食の後で眠たいみさき。

 もう少しで授業も始まるし、どうでもいい用事だったら怒るよ? そんな気分。


「つうやく!」


 瑠海に言われて、みさきはグルルルしているゆいに気が付いた。


「……」


 とっても嫌そうな顔をしながら、みさきはゆいに顔を寄せた。


「ごにょごにょ」

「トマト、もうやだ」

「ごにょごにょ」

「ママ、さいきん、トマトばっかり」


 通訳を始めたみさき。

 うんうん頷きながら話を聞く瑠海。


「ごにょごにょ」

「もう、やだ、げんかい」


 ゆいは涙目になりながら、みさきに意思を伝え続ける。


「ごにょごにょ」

「ママを、こらしめる?」


 そこまで伝えた後、ゆいは大きく頷いて椅子の上に立つ。


「ちょうし乗ってる!」


 そして高らかに声を上げた。


「うかれすぎ!」


 そこで地団太を踏んで、


「なんでトマト!?」


 結局はトマトである。


 最初こそママ可愛いなぁと思って見ていた。しかし、ママはりょーくんに会えないと直ぐに寂しくなる。その憂さ晴らしにトマトを差し出してくる。たまらない。


「おしおき!!」


 ゆいは生まれて初めてママに本気で怒っていた。


「アイデアぼしゅう!」


 全力の感情表現に、いつしか他の児童たちも集まっていた。


 なになにー?

 どうしたのー?


 ゆいは事情を説明する。

 ちょっとママを困らせてやりたい。


 さいふかくすー?

 けしょうひんぼっしゅう!

 スマホのなかをパパにみせる!


 ゆいに寄せられる様々な意見。

 しかし、ゆいはちょっと乗り気じゃない。


「……あんまり、こまらないのがいい」


 よわきー!

 ゆいちゃんよわきー!


「ふっふっふ」


 突如、瑠海は不適に笑い始めた。


 まさか!

 るみみん!?


 集まった視線。

 それを一身に受けて、瑠海は言う。


「おめでたいけど、こまること!」


 おめでたいけど!?

 こまること!?


「それは!!」


 それは!?


「できこん!」


 ずこー!

 もうけっこんしてるよー!


 周囲からの総突っ込み。

 しかし、戸崎さん家の事情を知っている瑠海は得意気な顔を続けて言う。


「レッツどうせい!」


 果たして――ゆいは、その案を採用することにした。


 ところで、その一部始終を見ていた教師は思う。

 彼女達は、一体どこで言葉を覚えてくるのだろうか……謎は深まるばかりだった。

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