第178話 心臓が止まりかけた日


「彩斗と拓斗は出張中だ。久々に二人きりだな天童龍誠」


 翌日。

 いつものように出社すると、ロリコンは眠たそうに業務連絡をした。


「出張って、どこに?」


 自分の席(ちゃぶ台)でノートパソコンを開きながら、彼の背に問いかける。


「東京」


 彼はパソコンに目を向けたまま答えて


「ほとんどのイベントは東京か大阪、時々名古屋。嘆かわしいとは思わないか天童龍誠」

「何が?」


 カタカタッ、ターン!

 という音の後、ロリコンは振り向いた。


「VRで十分だろ。サーバー上に構築した空間にアクセスさせれば移動の必要は無い」

「コストとか色々あるんだろ」

「会場代、人件費、交通費、移動時間、準備時間、撤去時間。どうだ無駄だらけだろう。しかも電子的な媒体は一度作ればホムペで使いまわせる」

「なるほど……」


 久々に真面目なことを言っているロリコンを見て、俺は素直に感服した。


「ところで正月はどうだった? みさきちゃんとイチャイチャしたのか? 出来れば僕に写真を――」


 と思ったのも一瞬。

 普段の会話は九割くらいこんな感じである。


「そういや今年のみさきは寝てばかりだったな。遊んだ記憶もほとんど無い」

「待てよ天童龍誠。つまり、写真は……?」

「一枚も無い」

「バカなっ! 僕の正月明けの楽しみが!?」


 休み明けからテンションの高いやつだ。それはそうと、確かに今年はみさきと遊んでないな。年末年始はほとんど結衣と一緒にいた。むしろ結衣と一緒にいない時間の方が短かったような気がする。


 ……あいつ、何やってんのかな。


「どうした天童龍誠、物思いに――ハッ!? さてはみさきちゃんに嫌われたのか!?」

「いや、そんなことは無い」


 どうしてこいつが必死なんだよ。


「それは困るとても困る! パパ大好きな幼女でなければパパの友達としてお近付きになる予定が狂ってしまう!!」

「絶対に近寄らせねぇからな? 絶対だ」


 みさきに不審者は近寄らせない。絶対にだ。


 それはそれとして……なぜだ、結衣のことが気になって仕方ない。


 あいつって、どんな仕事してるんだろう。とりあえず年収が高いのは知ってるけど……まさか、やばい仕事だったりしないよな? いやいや、あんな色気も欠片も無いスーツで仕事してるやつがそんな……ワインの香りだけで酔っぱらうような女だぞ? 酒すら無縁なくらいに健全な仕事をしているに決まってる。


 ……健全な、どんな仕事だ?


「なあ、年収が三千万を超える仕事って、どんなのがあるんだ?」

「は? そんなの僕みたいに会社を立ち上げた天才くらいだろ」


 相変わらず自己評価の高いロリコンだ。それに見合った実力があるのだけれど、とにかく腹立つ。


「会社……ってことは、あいつ社長か何かなのか?」

「あいつ? どうした、金持ちの知り合いでも出来たのか? ネットの知り合いなら九割が嘘だから無視していいぞ」


 いかん、口が滑った。

 なんとなくだが、結衣の話題は出さない方がいい気がする。


「そうだな。やっぱり嘘だよな」

「逆に一瞬でも信じたならネットは止めた方がいい。三千万なんて芸能人かスポーツ選手くらいだろ。しかも名前を聞けば余裕で特定できるレベルの」


 マジかよ。

 ってことは、結衣の名前もネットで調べたら本人が出てきたりするのか?


 ……いやいや、流石にそれは。


 検索:戸崎結衣


 約 10,400 件 (0.34 秒)

 検索結果

 戸崎ゆい(とざきゆい) - アダルトビデオ動画 -


「そんなバカな!?」

「うぉっ、どうした天童龍誠。珍しいな大声なんて」


 いや嘘だありえない!

 だいたい、あいつは「とざき」ではなく「とさき」だ!


 ……芸名ってことは?


「……ごくり」

「なんだ、どうした、さっきから気持ち悪いぞ」


 俺はあいつを信じている。

 だからこれは、ちょっと確認するだけだ。


 そう、このページにアクセスして、女優の顔を確認するだけでいい。


「おい、どうした?」


 行くぞ……ええい、覚悟を決めやがれ!


「よしっ! 別人だ!」


 なぁに、信じていたさ。

 あいつがAV女優なんて、そんなのあるわけないだろ。


「……流石に仕事中にエロ動画を探すのはどうかと思うぞ天童龍誠」

「いやっ、これは違う!」


 こいつっ、いつの間に背後に!?


「しかも三次元って、そんな汚いもの良く見られるな」

「汚くはねぇだろ。こいつはともかく、少なくともあいつは――」


 しまった、つい口が滑って


「あいつ?」


 やばい、これは絶対に面倒だ。


「待てよ天童龍誠。貴様、まさか三次元でイチャコラするような相手が出来たのか?」

「何言ってんだよ、あいつってみさきの話に決まってるだろ」

「ハハハ、ウソをツクナヨ天童龍誠。貴様ガみさきチャンをアイツ呼ばわりしたことはイチドモナイゾ」


 チクショウ、心臓が止まるような思いをしたと思ったら次はロリコンかよ!?


 ああっ、ほんと、結衣のことになると――どうしっちまったんだ俺!?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る