第175話 恋人になった日(3)

「一回キスしてちょっと自分好みの服を着せたくらいで調子に乗らないでくださいね」


 店を出た直後に結衣が言った言葉である。

 あの服の値段は結衣も知っているはずだ。俺なら七万もするプレゼントを受け取ってしまったら暫くは態度が変わると思うのだが、なるほど所得税が一般人の年収を上回る世界の住人は感覚が違うらしい。


 まあ嬉しそうで何よりなのだが、もう少し素直な反応も見てみたいものだ。例えばそう、みさきのような。さっきは血迷ってみさきより可愛いなんて思ってしまったけれど、夢でも見ていたことにしておこう。


 さておき、よっぽど荷物を持ちたくないようで、元着ていた服は郵送させていた。

 よって現在、俺達の荷物は財布だけである。


「では、これから何処へ行きましょうか?」

「さあ、どうしようか」


 果たして俺達は無計画のまま家を出た。

 目的は所謂デートだったはずだ。今朝の電話で結衣の言っていたことは半分も覚えていないが、というか早口だったから上手く聞き取れなかったという方が正しくて……あれ、どうして俺ここに居るんだっけ?


「そうですね。せっかくだから記憶に残るところが良いと思います」


 昨日の事は覚えている。

 だけど肝心な部分は曖昧で、気が付いたら唇が重なっていたという認識だ。


「ああでも、あなたの貧相な財布は限界でしょうから、多くは求めません。それに娘達を遅くまで待たせるわけにもいかないので、遠出する必要もありません。ですが、安心してください。私は娯楽に興じた経験が皆無に等しいので、きっとどれほど貧相な発想力であろうと人並み以上に楽しめることでしょう。さあどうしますか? どうか貧弱な想像力を振り絞って私を楽しませてください」


 ……ひょっとして、事故だったのではないだろうか。

 そう思ったら、途端に彼女とデートをする理由が分からなくなってきた。


 これが俗に言う、ふとした瞬間に冷めた、という経験なのだろうか。

 駅で彼女を待っていた間は、とても冷静ではいられなかった。さっき着替えた姿を見た時もそうだ。


 俺は確かに、覚えのない感情に戸惑った。

 だがそれも全て勘違いだったのかもしれない。


「あらあら不満そうな顔ですね。貧弱な想像力という言葉が胸に刺さりましたか? いえいえ落ち込むことはありません、それは単に経験不足からなるものです。恥じることはありませんよ」

「あるぞ」


 流石に、少しイライラしてきた。

 今日に限ってしゃべり過ぎだろ、こいつ。


「デートの経験くらいある。お前と違って」


 唖然とした様子の結衣に向かって、どうだざまあみろという気持ちで言ってやった。

 これで少しは静かに――ッ!?


「ふふ、ふふふふ、嘘がお上手ですね」


 間違いない。

 これは何人か殺ってる女の目だ。


「嘘じゃねぇよ」


 チクショウ、声が震えてやがる。


「その時は何をしたのですか? 言えないでしょう? どうせ悔しくて嘘を吐いただけなのでしょう?」

「そんなことはない。映画を見たり、いろいろ、楽しかったぞ」

「そう、ですか。映画を……なるほどなるほど」


 俺もギリギリだが、結衣にも思っていた以上のダメージがあるらしい。

 だがこれで、今度こそ静かに――ッ!?


「映画を観に行きましょう!」

「やめろ、胸倉を掴むな……」


 こいつ、この細腕のどこにこんな力が……ッ!


「映画を! 観に行きましょう!」

「分かった、分かったから離せ……」


 こうして、次に俺達は映画館へ向かうことになった。



 *



 今日の私はどうかしていると思う。

 より正確に表現するならば、どうかしていた。


 過去の話。

 今は違う。


 この映画を見ていたら、幾分か頭が冷えた。

 本気で返金の交渉を考える程に稚拙で、低俗な内容だった。


 内容は随分と前から頭に入ってこなくなって、変わりに今迄のことが頭に浮かんでいた。

 例えばそれは、彼に電話を掛けた時のこと。


 ……午前六時。どう考えても非常識です。


 その少し後、着ていく服を考えようとクローゼットを開いた時のこと。


 ……端から端まで全てスーツ。


 他の服は寝る時に着るパジャマのみ。

 せめて下着くらいは、という願いを裏切る格安の白い布達。


 結局いつもの服装で出かけて、やっぱり指摘されてしまった。

 ドレスコードのあるレストランなどを予約したならともかく、無計画にどこかへ行こうという話でスーツはありえない。とはいえ、小学生の頃に着ていた服はサイズが合わないし、中高は制服で、大学は高校時代のジャージとスーツを使っていた。ただでさえ貴重なお金を服に使う余裕など存在しなかったのだ。


 だから、先ほどのプレゼントは嬉しかった。

 それで少し舞い上がってしまっていたことは否めない。


 ……とはいえ、あれほど恥ずかしい言動をっ。


 いつもなら、ゆいと並んでベッドで悶えている。

 きっと今日も帰った後そうする。


 しかし今、それは許されない。

 せっかく彼と二人きりで出掛けることになったのに、これで終わりなんてありえない。


 服を買わせて、いつも通りの軽い口喧嘩をして、最後にZ級映画を観ただけ。

 記念すべき人生で初のデートが、これ。そんなのはありえない。


 どうにかして挽回したい。

 だけど、どうすればいいか分からない。


 きっと頑張ろうとすれば、さっきみたいに空回りして、彼を不愉快な気持ちにさせてしまう。

 

 ……いいえ、まだ間に合うはずです。


 普段の仕事では、一億円単位の金が動く交渉を行っているのだ。

 私にとっては日常的なことでも、相手によっては会社の未来を賭けた商談となることが多い。


 人生を背負った相手との商談は上手くできて、どうして一個人である彼と上手くデートするという程度のことが出来ないのだろう。


 ……ここからです。


 まだ間に合う。

 まだ挽回できる。


 この絶望的につまらない映画を見ている間に、完璧なプランを練り上げる。

 それによって、あー俺どうしてここに居るのかな、という感じになっている彼を心変わりさせてみせる。



 *



 とんでもない映画を選んでしまった。

 開始から三十分ほどで、これほど帰りたいという気持ちになるとは思わなかった。


 確か、この映画は無駄に二時間もあるはずだ。

 もういい時間は大事にしよう、こんな映画に奪われてたまるか。そんな思いで結衣に声をかけようとしたのだが――なぜ、こんなにも真剣な目で映画を観ているのだろう。


 そういえば彼女は言っていた。

 娯楽の経験は無いから、どんなに酷い内容でも人並み以上に楽しめると。


 ……これは、そういう次元にあるのか?


 彼女がこの映画に何かを感じているのだとしたら、逆に興味がある。

 一体どこに楽しいと感じられる部分があるのか……面白い、残りの時間はそれを探すことにしよう。


 そう思い始めてから体感で一時間ほど。

 物語は終盤を迎え、しかし全く盛り上がっていない。


 そこで俺は、ふと気が付いた。

 この映画を作っている人達は、いったいどんな気持ちなのだろう。


 例えば、今のシーンで涙を流している女優。

 俺の記憶が確かならば、これは宇宙人が地球に攻めてきてどうこうという話なのに、その終盤で、なぜか彼女は財布を落として泣いている。べつに財布の中に大切な何かが入っていたとかいう伏線は存在しない。


 そんな状況で涙を流せと言われ、必死に泣きの演技を続ける彼女は、いったいどんな気持ちなのだろう。

 ここで一度、全ての登場人物をみさきに置き換えてみよう。


 ……分かったぜ。つまり結衣は登場人物をゆいちゃんに置き換えて観ているってことか。


 みさきが、小学生が必死に作った映画だと思えば、ギリギリ楽しめなくもない。

 むしろ応援したくなる。


 頑張れ! もうストーリーは頭に残ってないけれど、とにかく最後まで頑張れ!



 *



 ふふっ、完璧な案が浮かびました。

 最早この映画を救うことは不可能ですが、活かすことは出来ます。


 映画鑑賞後には感想を語り合うのが定石ですが、このZ級映画では話すことなど無いでしょう。

 ならば私は、それを逆手に取るまで。


 題して、寝不足アピール作戦。


 前日の寝不足がたたり、思わず寝てしまったという設定を作ります。普段の彼ならば仕事のせいだと思うでしょうが、幸いなことに昨日は同じ時を過ごしました。そういった前提で寝不足だと告げれば、彼は原因が例の一件であると悟るでしょう。


 仮に彼が絶望的に鈍感だったとしても、少しばかり唇を意識した乙女な仕草を見せれば容易く誘導できるはずです。


 そして彼は、おいおいこいつ、そんなに意識してたのかよ、と気が付くのです。

 その機を逃さずに「……だって、初めてだったのですから」という決め台詞!


 完璧です。

 その後のデートは程良い緊張感を持った素晴らしい時間となるに違いありません。


 さあ、後は私の演技力次第です。

 演技力……というのは大袈裟ですね。


 ありのままの私を見せるだけです。

 全て事実なのですから、演じる必要などありません。


 ……ここからです!



 *



 良い映画だった。

 最後の最後まで絶望的な内容だったが……それでも、演じきったみさき――ではなく、キャストに拍手を送りたい。


 ああ、今すぐにでも語り合いたい。

 この感動を共有したい。


 結衣、お前も同じ気持ちなんだよな……

 さあ、早く語り――


「おい、どうして寝ている?」


 隣を見て俺は愕然とした。

 あんなに真剣な目で映画を観ていたはずの結衣が、心地良さそうに寝ているのだ。


 ……ふざけんなよ。

 みさき――ではなく、あんなにもキャストが頑張って作り上げた映画なんだぞ!?


「結衣、起きろ」

「……ん? あっ、すみません。寝不足で」


 寝不足、じゃねぇよ。テメェ昨日は休みだっただろうが。


「映画、観てなかったのか?」

「……途中までは、記憶があるのですが」


 結衣は口元に手を当てると、妙にくねくねしながら言った。

 これはアレか、トイレと欠伸を我慢してるってことか。


「そうか。じゃあ俺は手洗いに行ってくるから、出入り口で会おう」

「……はい、分かりました」


 俺は席を立って、腹立たしい気持ちを抑えながらトイレへ向かう。

 見損なったぜ戸崎結衣、お前の娘への愛はその程度だったのか……ッ!



 *


 

 おかしい。

 これは何かの間違いだ。


 彼が、あれほど絶望的な映画を楽しんでいた。

 それはもう、寝てしまった相手に怒りを覚えるくらいに。


 そんなはずはない。

 あの映画を楽しむなんて小学生でも難しい。きっとゆいが隣に居ても寝ていたはずです。


 映画鑑賞ならば仕事の都合で何度か経験しているし、その過程で私の感性は一般的なものだと認識しています。つまり考えられるのは、彼の感性か、私の環境が恐ろしいほどズレていた……。


 切り替えましょう、過去のことを悔やんでも仕方ありません。

 まさかの失敗に動揺を隠せないのは事実ですが、時間は待ってくれないのです。


 彼が戻ってくる前に次の案を見出さなければ。

 とはいえ、どうすればよいのでしょう。


 彼の機嫌は最悪。

 今更映画のことを話題にしても直ることは無いでしょう。


 …………………………。

 ………………………………。


 おかしい、何も思い浮かびません。

 彼の感情は読み取れるのに、どうすれば望ましい方向へ誘導できるのか、さっぱり分からない。


 ……みさき、みさきの話をするべきでしょうか。

 みさきの名前を出せば、少なくとも彼は耳を傾けてくれるはずです。


 ならば、ゆっくり話せる場所が欲しいですね。

 幸いにも今は昼時。食事ということにして近くのレストランに誘うことにしましょう。


 ……今度こそ!


 人生で一度きりの、初めてのデート。

 大事な人と過ごす大事な時間。


 何が何でも、最高の思い出にするのです!



 *



「みさき、少し背が伸びてきましたよね」

「ああ、そうだな」


 結衣の希望で、俺達は近くにあったファミレスに入った。


「最近みさきは良く寝ていますから、そのおかげでしょうか?」


 注文を終えて料理を待つ間、結衣は頻りにみさきのことを話題に出した。映画館で彼女に失望したばかりの俺としては微妙な気持ちだが、みさきの話題を無視するわけにはいかない。


「そうだな、最近は寝てる姿を見る方が多い」


 水を一口。

 

「俺としては、順調に口数が増えてるみさきともっと話したいんだが……寝起きのみさきも可愛いんだよなぁ」

「……そうですか。寝起き、ですか。寝起きのみさき、そんなに可愛いのですか?」


 なんだろう、妙に寝起きを強調してる。

 

「ああ、可愛いなんてもんじゃない。口がもにょもにょ動いてて、瞼が重そうで、その状態でごはんを食べてる時なんて……あれを見ると、俺は仕事の疲れが吹き飛ぶ」

「へー、そうなんですね」


 なんで急に不機嫌になったんだこいつ。

 あ、ゆいちゃんは寝起きから元気いっぱいだから、ちょっと羨ましがってんのか?


 でも、ゆいちゃんだって眠そうにしてることあるじゃねぇか。

 いつも元気な分、眠くて大人しくなった姿もまた子供らしくて可愛いと思うんだが……。


「寝起きといえば、さっきのお前――」

「黙ってください」


 ……なんなんだよ。



 *



 ……やってしまいました。

 思わず、寝起きのみさきに嫉妬してしまいました。


 だって!

 私の時は無反応だったのに! なんでみさきには!


 ……落ち着きましょう。

 子供に嫉妬するとは、なんという醜態。


 せっかく彼の機嫌が直りかけていたのに、また振り出しです。

 どうしてこうも空回りするのでしょう。


 このままでは会話が無いまま食事が終わってしまいます。

 どうにか、どうにかしなければ……っ!



 ――という結衣の願いとは裏腹に、ひたすら空回りが続いた。



 嚙み合わない感性。

 起死回生のみさき。

 避けられない嫉妬。


 何処へ行っても、何をしても、何を話しても。

 最後は必ず喧嘩に近い終わり方をしてしまう。


 時間が過ぎるにつれて、結衣は焦りを覚えた。

 その焦りが空回りを加速させる。


 そして


「そろそろ帰ろうか」


 ついに、龍誠はその言葉を口にした。


「暗くなってきたし、みさきとゆいちゃんが待ってる」


 それは結衣との時間を終わらせたくて言った言葉ではない。

 純粋に、子供達のことが気になるのだ。


 結衣にもそれは分かった。

 だけど素直に頷くのは難しかった。


「…………」


 暗い表情で俯いている結衣。

 龍誠は、言葉を探していた。


 こうなっている原因は自分にもあると自覚している。

 気持ちが追い付かないまま形だけが先行してしまって、彼自身も戸惑っているのだ。


 それは結衣も同じだった。

 二人とも、戸惑っているのだ。


 結衣は龍誠のことが好きだ。

 言葉や態度に表すことは無いけれど、その気持ちは昔から変わっていない。だから昨日の一件なんて、あまりにも舞い上がってしまって眠れなかった。


 一方で龍誠は、よく分かっていない。

 異性を好きになるという感情は知っていても、理解はしていない。


 だから昨日の出来事には戸惑った。彼が結衣の呼びかけに応じた理由のひとつは、その戸惑いの正体が気になったからかもしれない。結衣と二人で過ごすことで、何か分かるかもしれないと思っていたのだ。


 だけど結果は散々だった。

 普段から軽い口喧嘩のようなことはしているけれど、終始険悪な空気が続くことは無かった。


 それでも、不思議と龍誠は苦痛に感じなかった。

 結衣と喧嘩しながら過ごした時間に、どうしてか不満が無いのだ。


 なぜ?

 龍誠が初めて疑問を抱いた時、まるで見計らったかのように、結衣は顔を上げた。


「最後に……何か、したいことはありませんか?」


 それは初めての問いかけだった。

 結衣は無自覚のうちに、龍誠を引っ張り回していた。


 彼は完全に無計画だったから、そこに不満は無い。

 だからこそ、この問いで初めて自分がやりたいことを考えることになった。


「……」


 特に無いな。

 その言葉をギリギリのところで飲み込む。


「結衣は、やりたいことがあったんじゃないのか?」


 引っ張り回されている間、彼は結衣が必死なことに気が付いていた。

 そこまで必死になって、彼女は何をしたかったのだろう。そういう疑問が、彼の中にある。


「……あなたは、今日の時間を、どのように認識していますか?」


 気の利いた言葉を探す。

 だけど直ぐには見つからなくて、その心情を結衣は即座に見破ってしまった。


「私は、良い時間ではなかったと感じています。とてもではないけれど、一般的にデートと呼べるような、幸せな時間ではなかったと、思っています」


 悔しそうに、だけど淡々とした口調で彼女は言った。

 その言葉から、龍誠は結衣の目的を必死になって考える。


「ごめんなさい。散々な一日にしてしまって」


 続けて結衣は言った。

 そのまま龍誠に背を向けると、何も言わないまま歩き始めた。


 その先には駅がある。

 

 彼女の寂しそうな背を見て、龍誠は――何も言わず、彼女の手を掴んだ。


「何をしているのですかっ!?」


 結衣は突然の行動に驚いてガチガチになる。

 龍誠は目を合わせず、行動の理由を説明した。


「要は、恋人っぽいことがしたかったんだろ?」

「どういう思考回路で、そうなったのですかっ」

「間違ってたか?」

「…………」


 結衣は答えられない。

 彼の言葉は、正解以上だった。


「デートとか幸せな時間とか言ってたから、俺なりに……いや、悪い、勘違いだったな」


 そう言って離れようとする。

 しかし結衣は、彼の手を掴んで離さない。


「……」

「……」


 目を向ける。

 俯いている。


「帰るか」

「……そうですね」


 そのまま手を繋いで、二人は歩き始める。


「……」

「……」


 これまで以上に会話が無い。

 互いに平静を装いながら、歩き続ける。

 とても静かで、繋いだ手が暖かくて、互いに胸の辺りが騒がしかった。

 

 やがて駅が近付くと、結衣はとても小さな声で呟いた。


「一回キスしてちょっと自分好みの服を着せて一緒に映画見てご飯食べて――帰り道に手を繋いだくらいで、調子に乗らないでくださいね」

「それだと、どこで調子に乗ればいいんだよ」


 結衣は軽く呼吸を整えて、


「交際相手にならば、少しは許します」

「交際?」

「……恋人になるということです」


 足を止めて、目を合わせた。


「正直、よく分からない。恋人っぽいことって言ったら、こんな風に手を繋ぐとか、それこそ昨日みたいにキスをするとか、それ以上のことをするとか、そういう知識なら持ってる」

「ならっ」


 龍誠の言葉を遮って、結衣は言う。


「これから一緒に、学ぶというのは、どうでしょうか」


 きっとそれは、とても不器用な告白だった。


「学ぶってのは、ちょっと堅苦しい印象を受けるな」

「……どういう表現ならば満足するのですか?」

「そうだな……」


 彼は少し考えて、


「一緒に探すとか、そういうことなら、興味はある」


 とても不器用な返事をした。


「……」

「……」


 二人は暫く見つめ合った後、急に気恥ずかしくなって目を逸らした。

 だけど繋がれた両手は、部屋に戻るまで、ずっとそのままだった。



 ――というよりも、



「トマトいや!!」

「……んっ!」

「やめて!!」


 部屋に帰った直後に見た光景によって、自然と二人の手は離れたのだった。

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