第174話 SS:おるすばん!


 龍誠達が買い物を終えた頃。

 みさきは、ぽかぽかしていた。


 まだ年が明けたばかりで雪が降ってもおかしくない時期。部屋の中に居てもそこそこ寒い。


 だけど窓際は別。

 太陽さんがぽかぽか暖かい。


 窓際で丸くなっているみさきは、とても良い気分でお昼寝していた。


 もちろん床に寝ているわけではない。

 みさきの下にはふわふわの寝袋がある。


 みさきは床だろうと構わず寝るから、龍誠が「せめて、ここで寝てくれ」と言って買い与えたものだ。


 みさきは寝袋をとっても気に入っている。

 あえて寝袋に入らず、上で寝るという使い方をとても気に入っている。


 一方でゆいは、みさきの隣で大の字になっていた。もちろん彼女の下にも寝袋がある。みさきの物を羨ましがって、結衣に買ってもらったものだ。


 ゆいは目を見開いていた。

 ママ達が気になって落ち着かないのだ。


 ピク、ピクとゆいの手足が震える。

 何かしたい。でも何をしよう……何かしよう!


 ゆいはクルッと床を転がり、うつ伏せになった。

 それから四つ足で地面を踏みしめて、みさきをロックオン!


「わー!」


 ゆいはみさきに飛び乗った。

 唐突な襲撃に、みさきはゴフッと息を吐きだす。


 二人の身長差は未だに頭一つ分近く、体重もリンゴ人の頭ひとつ分くらい違う。

 みさきの被ったダメージは甚大だ。


 ゆいは思う。

 ふっふっふ、これなら遊んでくれるだろう。

 

 思惑通り、みさきは窓際で丸くなってから初めて目を開いた。

 ゆるりと首を回して、嬉しそうな目をしているゆいと目が合う。


「……わくわく」


 ゆいの口からワクワクが溢れ出た。

 みさきは何も言わず、ゆいのキラキラした目をじーっと見続ける。


 最初は驚きによって見開かれていた目。

 ゆいの姿を見つけて、またかーという感じに細くなって、

 どうしようかなーと考えている間に眠くなって、

 果たしてみさきは何も言わないまま目を閉じた。


「えぇ!?」


 期待を裏切られたゆいは悲鳴を上げた。

 

「うぅぅぅぅぅぅぅ」


 悔しい気持ちを表現している。


「ううぅうぅうぅぅぅぅ!」


 怒りをあらわにしている。


「うううぅぅぅっ、うぅぅううう!」


 涙ながらに遊んでと訴えている。

 しかし! みさきは微動だにしない!


 こんなことは日常茶飯事なのだ。

 オオカミ少年の話を聞くが如く、みさきはゆいより睡眠を優先する。


 だがゆいは諦めない。

 なんとしても、みさきと共に遊ぶのだ。


「うううぅうぅぅぅぅ!」


 ゆいはみさきのお腹に頭を押し付けて、じたばた足を動かした。通称、ママのマネである。


 これを見ると、ゆいは思わず隣でマネをしたくなっていまう。そうしていると、ママは嬉しそうに何があったか聞かせてくれるのだ。


 昨日も同じことがあった。

 ゆいは三十分くらい隣でじたばたしていた。


 きっとみさきもマネしたくなるはず!


 ――十分後。


 みさきは穏やかに眠っていた。


「……ううぅぅぅ」


 ゆいは困惑した目でみさきの両肩を揺らしている。

 どうして無視できるの? まさか寝ちゃった?


「むむむむ……」


 ゆいは考えた。

 思わずみさきが飛び起きちゃうような作戦を必死に考えた。


 そして、思い付いた。


 ゆいは思う。

 なんて恐ろしい作戦なのだろうと。


 これならば、みさきは決して抗うことが出来ない。

 ふっふっふ、あたし天才。


 そんな気持ちで、ゆいは立ち上がった。


「すぅ、はぁー」


 呼吸を整えて、大きく息を吸う。

 ピッと人差し指を伸ばして、玄関に突き付けた。


「あ! りょーくん帰ってきた!」


 瞬間、みさきは体を起こした。

 それを見てゆいは勝利を確信する。


 だがこの時、ゆいは気が付いていなかった。

 みさきは大人しく眠っているように見えて、本当は騒ぎ続けるゆいを鬱陶しく思っていた。ゆいの嘘もあっさり見抜いている。


 徐に起き上がったみさき。

 その姿を見ながら、ゆいはみさきが玄関の前で首を傾ける未来を幻視した。


 だまされたー!

 と言って笑う準備は万端だ。


 しかし、ゆいの思惑とは裏腹に、みさきは玄関を目指さない。


 あれれ?

 首を傾けるゆい。


 みさきは何も言わないまま冷蔵庫を目指して、中から赤い悪魔を取り出した。


「トマトやだ!!」


 全てを察したゆい。

 だがみさきは容赦しない。大きなトマトを持って、真っ直ぐゆいの口を目指す。


 安眠を妨げた罪はあまりにも重いのだ……。


「いやー!」


 リビングのソファを盾にするゆい。

 迫るみさき。


「トマト嫌い!」


 ソファを軸に、二人の追いかけっこが始まった。

 

「いやだー!」


 叫ぶゆい。

 ひたすら無言で追いかけるみさき。


 それから暫く、二人はソファの周りをグルグル回り続けたのだった。

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