第167話 SS:みさきと奪還作戦


「だっかんさくせん!」

「なんだって?」


 だっかんさくせん……奪還作戦?

 ゆいと公園で遊んでいた龍誠は、ゆいが突然叫んだ言葉に首を傾けた。


「このままでいいですか!?」

「何が?」

「にぶちん!!」


 ゆいは地団太を踏んで、全身全霊で怒りを表現する。


「みさきがママにとられますよ!?」

「あぁ、そういうことな」


 ははーんと龍誠は得心が行く。ここ最近は結衣とみさきがベッタリだから、恐らくみさきにママを盗られたと感じているのだろう。


 難しい言葉を使うから何かと思った龍誠だが、理由を聞いて納得した。


「ムキー!」


 その余裕な態度がゆいは気に入らない。

 みさきとは対照的に感情を爆発させるゆいを見て、龍誠は妙に楽しい気分になる。果たして、ちゃんと相手をしてあげることにした。


「確かに、それはヤバイな」

「われにひさくあり!」

「秘策か。どうするんだ?」

「イチャイチャします!」


 イチャイチャするのか、と龍誠は笑いながら言った。


「ママもみさきもしっとします!」


 ゆいは語彙力が豊かなのか乏しいのか分からない言葉遣いで、続けて言う。


「だっかんさくせん!」


 かくして、ゆいによるママ奪還作戦が始まった。

 



 公園での遊びを切り上げ、早速部屋に戻った二人。

 きちんと手洗いうがいをした後で、みさきと結衣が座っているソファへ向かう。


「おかえりなさい。早かったですね」


 結衣はみさきの頭を撫でながら言った。

 みさきも片手をあげて、おかえりと無言で伝える。


 龍誠達はただいまと返事をして、ソファに腰をおろした。

 もちろん、ゆいは龍誠の膝の上に座る。


「ゆい、ちゃんと遊んでもらえましたか?」

「はい!」


 元気良く返事をするゆい。

 その後、くるりと体を反転させて、龍誠に飛びついた。


「りょーくんだいすき!」

「おう、そうか」


 事情を知っている龍誠は、ただただ微笑ましい気持ちで、ゆいの背中に手を当てた。それから察してやれという意味を込めた視線を結衣に送る。


 結衣は視線に気が付いたけれど、流石に伝えたいことまでは分からなかった。


 あらあら、すっかり懐いてしまったようですね。程度の感想しかない。


 そんな結衣の隣で、みさきの手がピクリと動いたことをゆいは見逃さなかった。


「りょーくんだいすきぃ!」


 みさきのことを全力で意識しながら、ゆいは繰り返す。


「チューしよ!」

「おう、いいぞ」

「ダメです」


 即座に止めた結衣。

 龍誠は彼女の表情を見てゾッとする。


「悪いなゆいちゃん。怒られちゃった」

「おこられちゃったー!」


 スリスリと龍誠の胸に頬を擦り付けるゆい。

 また一連の流れを受けて、ようやく結衣は事情を把握した。


 ……なるほど。みさきの相手ばかりしていましたからね。


 お手数をおかけしましたという意味を込めて、結衣は視線を返した。

 龍誠は、気にするなと目で返事をする。


 とそこで、みさきの我慢が限界に達した。


「……っ」


 ソファの上に立ち上がって、みさきは龍誠と結衣の間に体を入れる。


 それから抱き着いているゆいと龍誠の間に頭から突っ込んで、強引に場所を奪おうとした。


 ゆいはニヤリとして、少し抵抗した素振りを見せた後で場所を譲る。


「ママ! みさきにりょーくんとられちゃった!」

「はい、残念でしたね」

「ざんねん!」


 嬉しそうに結衣に飛びついて、ゆいは残念がる。


 ふっふっふ、みさき、あたしに嫉妬したのね!

 という視線を向けるゆい。


 一方でみさきは、りょーくんは渡さないという目で、結衣のことを見ていたのだった。

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