第142話 SS:眠れない夜 ー龍誠ー


 眠れない。

 なんか、引っ越してからまともに眠れた日が無い気がする。


 隣で気持ちよさそうに眠っているみさきを見ていると眠気を感じなくもないのだが、それ以上に様々な言葉が頭に浮かび上がる。


 あの後、結衣は長いこと目を覚まさなかった。とりあえず床からソファに運んで、そのあと直ぐに風呂から出てきた三人にはワインの香りで酔って眠ったということだけを伝えた。


 グラスに残ったワインは俺が飲んだ。

 値段は知らないが高級品って聞いたし、なにより貰ったものを捨てるのは心苦しい。


 みさきが興味深そうに見ていたので、試しに空になったグラスを近付けると嫌そうな顔をされた。あの顔は暫く忘れられないと思う。


 そんなこんなでワインの処理が完了したあとも、結衣は目を覚まさない。

 それどころか、気付けばゆいちゃんが彼女の上に乗って一緒に眠っていた。


 こりゃ今夜は泊まってもらう流れかと思ったが、十時くらいに結衣が目を覚まし、ゆいちゃんを背負ってタクシーで帰宅した。遠慮せず泊まっていけと声をかけたけれど、断られてしまった。


 ……戸崎さん。

 当時はそう呼んでいたはずだ。


 彼女とは例の暴力事件があってから一度も話をしていない。ついさっき二年前から頻繁に会っていたことが発覚したけれど、それはノーカウントでいいだろう。


 よくよく考えれば、何度か「似ている」という意味合いの言葉を聞いた気がする。何に似ているのか俺には一切ピンと来なかったのだが、うみゃい棒という言葉を聞いてようやく分かった。


 あいつは気が付いているのか?

 それとも酔ったせいで失言しただけで、まだ「似ている」という段階なのか?


 それを確かめることも含めて、少し話がしたかった。


 俺にとって戸崎さんは初めて友達と呼べる存在だった。あの頃、彼女と会うのが楽しみで学校に通っていた記憶すらある。もう思い出せることは少ないけれど、とにかく楽しかったという記憶が残っている。


 だから昔の友達に、あの頃の自分として、せめて挨拶がしたい。

 具体的に何を話すのかは、ちっとも思いつかないけれども。


 逆に、あいつはどうなんだろう。

 酔った勢いで言っていた言葉は、本当に全て失言や妄言の類だったのだろうか。


 もしもあの言葉に本音があったならば、あいつは昔の様に仲良く遊べる関係になりたいと思ってくれているのではないだろうか。


 そうと仮定すると、いくつか辻褄の合うことがある。


 彼女は俺に怒っていると言っていた。

 思い出せないのかと問うていた。


 なら俺に対してだけ当たりが強いのは、嫌われているからではなくて、気付いてもらえないことに怒っていたのではないだろうか。しかし、そう仮定するならば、結衣はかなり早い段階で気が付いていたことになる。そんな相手に向かって「似ている」と言い続けるだろうか。


 ……まさか、アレってそういうネタ振りだったのか?


 それならば、二年も気付けなかった俺に対して当たりがキツくなるのも頷ける。

 まあこの辺りの話は、今度会った時にきちんとしよう。


 もうひとつ、気になることがある。

 あくまで酔った状態ではあったけれど、彼女は様々なことを言っていた。


 それは果たして、友達に向けた言葉だったのだろうか。

 それにしては、もっと何か、深い何かがあったような……なんて、流石に考え過ぎか。


 おかしいな、俺。

 朱音のことがあったせいか、結婚がどうとかいう話題が続いたせいか、頭の中がピンク色になっちまってる。今みさきに何かされたらそのまま結婚しちゃうかもしれないくらいの精神状態だ。なんとかしないと。


 ……朱音。


 そう、彼女のことも忘れてはならない。

 時間が経っているからか今は薄れているけれど、あのプロポーズの衝撃も相当なものだった。


 そのうえで誘われた土曜日の……デート、と呼ぶべきだろうか。

 その提案に頷いた以上、そこで俺は何らかの答えを出さなければならない。


 しかし、率直に言って経験が無いから何をどうすれば良いのか分からん。

 そこに戸崎さん……結衣の件も飛び込んでくるし……どうすりゃいいんだよ。


「みさきぃ、りょーくん、どうしたらいいかな?」

「……」


 返事の代わりに可愛らしい寝息。


「……そうだな。とりあえず、寝ないとダメだよな」


 明日も仕事がある。最近はロリコンのモチベーションが高いというか、ついていくので精一杯だ。とても寝不足の頭でやっていける環境ではない。


 よし、寝よう。

 おやすみ。


 …………って、これで眠れたらとっくに寝てるっつうの。




 二月、それは一年で最も短い月だ。

 しかし今年の二月は、龍誠にとって最も長い二月となりそうだった。


 それは龍誠だけではない。

 もちろん、彼を悩ませる誰かにとっても――

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