第102話 第七話:みさきのミラクルボイス


「すごーい!!」


 授業の間の休憩時間。

 ゆいの元気な声が教室中に響き渡った。


「みさき、ほんき!!」




 昨日のことである。

 みさきは龍誠との会話で、アイドルについて聞いた。


「アイドル? あー、なんか歌ってるんじゃね?」


 と、瑠海に聞かれたら跳び蹴りされそうな回答をした龍誠。


「うたう?」

「おう。歌って踊って、なんかキャーキャー言われる仕事のことだ」


 と、瑠海に聞かれたら目潰しされそうな回答をした龍誠。

 彼のアイドルに対する認識は、こんな感じである。


「きゃーきゃー?」

「喜ばれるってことだな」


 眉をピクリとさせたみさき。


「りょーくんも、よろこぶ?」

「良く分かんけど、好きなアイドルが目の前で歌ってくれたりしたら、それなりに嬉しいんじゃねぇの?」

「すきな、あいどる?」

「そうだな……俺のアイドルは、みさきだけだぜ。なんてな」

「……」

「みさき頼む、なんか言ってくれ。恥ずかしいだろ」




「れんしゅう、する」


 翌日の学校。みさきは早速ゆいに歌の練習を始めたいという旨を話した。そもそもゆいの提案でオリジナルの誕生日ソングを弾き語る予定だったみさきだが、それに向けて本格的に何か始めようと提案したのは、これが初めてだった。

 

 それに対するゆいの反応が、すごーい! である。

 そして、歌の練習と聞いては黙っていられない女の子が一人。


「る~みみん☆」

「るみみん!」


 タッと椅子から立ち上がって、みさきの直ぐ傍に来た瑠海。

 それを見てゆいはるみみん☆


「うたのレッスンなら、るみるみにおまかせだよ☆」

「……んっ」


 なんか頼りになりそう! とみさき。

 その表情を見て――瑠海に衝撃が走る。


 嬉しそう!

 あんなに頑張っても笑わなかったみさきが……嬉しそう!


「よーし! るみるみがんばるぞぉ!」


 おー! と天高く手を伸ばす瑠海。

 彼女は今、ボイスレッスン系アイドルの可能性を感じていた。


「さっそく、るみるみのマネをしてね☆ すぅぅぅ……ファァァァァ。ほら、いっしょに! ファァァァァァ」

「ふぁぁぁぁぁ」

「ちょっとひくいよ! あわせて! ファァァァァ」

「ふぁぁぁぁ?」

「くびをかたむけちゃメッ! まっすぐ!」

「……んっ」


 唐突に始まったボイスレッスン。

 それなりに騒がしい教室だが、二人の歌声は他の子供達の悲鳴はなしごえよりも目立っていた。


 黒板の近くに設けられた教師用の机で次の授業の準備をしていた岡本はチラと目を向けて、あらあら今日は仲良く歌っているのねと作業を再開する。


「ふぁぁァァァァァ!」


 ゆいは面白そうだと思って、二人のマネをして声を出してみた。


「ゆいちゃんぜんぜんダメッ!」

「なっ!?」


 怒られてビックリするゆい。

 瑠海先生はスパルタだった。


「ちゃんとピッチあわせて!」


 ビシっと人差し指を突きつけられたゆいは、しかしキラリと瞳を輝かせる。


「はい!」


 なんか瑠海ちゃんかっこいい!

 と、ゆいは思った。


「よ~し、もっかいやるよ☆ ファァァァァ」

「ふぁぁぁぁぁ」

「ファァァァァ」

「いいかんじ! ソォォォォォォ」

「そぉぉぉぉぉ」

「ソォォォォォ」

「もっともっと! ラァァァァァァ」

「らぁぁぁぁぁぁ」

「ラァァァァァァ」


 \なになに?/

 \おもしろそう/

 

 わらわらと、子供達が集まり始める。

 人が集まったことで、瑠海のアイドル魂に火が付く。


「いっくよぉ~☆ シィィィィ」


 \シィィィィィィ/


「まだまだいくよぉ☆ ドォォォォォ」


 \ドォォォォォォ/


 あれよあれよと始まった大合唱。ここまで来て、ようやく岡本は事の異常さに気が付いた。かといって止めるような内容ではないから、微笑ましく見守る以外に無い。


 と、思った瞬間。

 テンションの上がって来た瑠海が教卓に飛び乗って、それこそアイドルのようにクラスメイト達に向かって言う。


「みんなぁ☆ るみるみのステージに、ようこそぉ!」


 \ワァァァァァァ/


「ちょっと瑠海ちゃん、危ないよ」


 流石に止めに入る岡本。だが今の瑠海にはファンの姿しか見えていないし、子供達には瑠海の姿しか見えていない。


「きいてください。るみるみのファーストシングル……るみるみに☆してあげる!」


 \ワァァァァァァ/


 そして歌い始めた瑠海。もちろん狭い足場を目いっぱい使ったダンスも一緒。


 瑠海がステップを踏む度に机が揺れ、岡本は目を白黒させるのだが、どうにも妙な熱気が有って、瑠海を強制的に止めるという発想には至らない。


 瑠海のソロステージは急速に熱を増していく。

 止まない歓声を一身に浴びながら、瑠海は「やっぱりアイドルってすごい!」と思う。


 そして瑠海に\はい! はい!/と歓声を送る一部の子供達は、何かに目覚めかけていた。


 そんな中、冷静に瑠海のステージを見ている児童が一人。だれって、もちろんみさきである。


「るみみん☆ はい! るみみん☆ はい!」


 ゆいちゃん、なんか楽しそう。

 周りの子も、なんか楽しそう。


 これなら、りょーくんも……。


「瑠海ちゃんっ、危ないからそろそろ止めてっ」


 岡本の悲痛な叫びは、しかし誰にも届かない。

 そしてこの日を境に、教室ではゲリラ的に瑠海のソロステージが開催されることになった。それに頭を痛めた岡本が瑠海ちゃん専用ステージを教室の後ろに用意したのは、また別の話。

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