第22話 人生ゲームを作った日(4)
* 4日目 *
正直、舐めていた。
あのロリコンが二日で出来ることならば、一週間もあれば余裕だと思っていた。
まずはパソコンの使い方を覚えた。タイピングを覚えて、本に記されたプログラムを動かした。
目的は人生ゲームを作ること。
現在の進捗は、ゼロに等しい。
「……やべぇな」
みさきを保育園に送り届けた後、ネットカフェに向かって、パソコンを充電しながら考え続けた。結果、何の成果も出ないまま夕方を迎え、みさきを迎える為にネットカフェを出た。
みさきよりも小さな鞄を片手に空を仰ぐ。
鞄はロリコンから借りたもので、パソコンと充電器、例の本、それから俺の財布が入っている。
「……どうすりゃいいんだよ」
何も思い浮かばない。
人生ゲームとは、なんなのだろう。
プレイしたことならある。俺でも知ってるようなボードゲームで、サイコロを振るかルーレットを回して金を稼ぐのが目的だ。
プレイヤは出た目に従ってイベントの用意されたマスを進む。
イベントは、進学と就職の選択とか、人生ゲームという名前通り、それっぽいものが用意されている。
所詮はゲームだが、そこそこリアリティがあったと記憶している。例えば職業の選択。プレイヤにはステータスがあり、それにより選べる職業が変わる。
職業を選択するまでにステータスを稼げなかったプレイヤが選べるのは、フリータなどの給与が少ないうえに安定しないものだけ。
まさに、今の俺と同じ状況だ。
「……大人しく身体動かせってことかよ」
プログラミングという言葉に飛び付いたのは、なんかカッコ良かったからだ。
内容自体は簡単だった。覚えることが二つしかないのだから、誰にでも出来るだろう。
だが、その知識を使って目的のモノを作る方法は、自分で考えなければならない。
俺には、それができない。
ステータスが足りていないのだろう。
「……ふざけろ」
「こちらの台詞ですが」
女の声に目を向ける。
スーツ姿で凛とした顔付きの……
「不審者はあなたですが」
まだ言ってねぇぞエスパーかよ。
「落ち込んでいる様子ですね。自首ならば、早い方が良いですよ」
「励ましてねぇな、喧嘩売ってるよな」
嫌な奴に絡まれた。どうする、また――
「今回は逃がしませんよ。要注意人物です」
だからエスパーかよ。まだ視線すら動かしてねぇだろうが。
「悪いけど、今あんたに構ってる余裕はねぇんだ」
「……なるほど、無力な自分を痛感しているのですね」
顔に出てたか?
「上を見ましょう。例えば私です」
「下だが」
「物理的な話はしていません。というか、あなたが大き過ぎるのです。バスケ選手か何かですか?」
バスケか……スポーツなら……それこそ甘くねぇだろ。ガキの頃から人生賭けてる連中に失礼だ。
「……すみません、無神経でしたね」
女はコホンと咳払いをして、
「無力な自分を責める暇があるならば、途方もないほど上を見なさい。あなたが無力感を覚える程度の相手など、レベルがひとつふたつ違う程度です」
よく分からんが励まそうとしてんのか?
こいつ、暇なんだろうな……
「哀れみが見えて不愉快なのですが」
見えるってなんだよ。
今の俺どんだけ顔に出るんだ?
「……走るわ」
「はい?」
「じゃあな」
「ええ、さようなら。ってコラ待ちなさい! もう! なんでいつも逃げるんですかあ!」
背後から聞こえる声を無視して走る。
とりあえずみさきに会おう。みさきパワーを補給するんだ。何か光明が見えるはずだ。
「あら天童さん。こんにちは」
「……ああ、うっす、こんちわ」
すっかり顔馴染みになった保育士さん。
「みさきは?」
「ふふ、まだゆいちゃんと遊んでいるみたいです。お呼びしましょうか?」
ゆい……ああ、例の友達か。
なら、邪魔しちゃ悪いよな。
「大丈夫です。待ちます」
「すみません。あの子達、本当に仲良しなんですよ」
「そっすか。それは良かったッス」
不慣れな敬語で世間話に応じる。
なんだこれ、普通の会話のはずなのに冷や汗出て来た。俺、なんか可笑しくねぇよな?
「ああそうそう、ゆいちゃんのお母様がお礼を言っていましたよ」
「お礼、ですか?」
「はい。実は、ゆいちゃん孤立していたんです。少し大人っぽいところがあって、周りの子と合わなかったみたいで……」
おいおい口軽いな。それペラペラ話して大丈夫かよ。ダメだなこの保育士。
「でも、みさきちゃんもしっかりした子ですから、すごく話が合うみたいで、最近はいつも楽しそうなんです」
ふっ、分かってるじゃねぇか。流石プロだ。伊達に保育士なんて二つ名を持ってる訳じゃねぇな。
「だから、ゆいちゃんのお母さんも、きっとみさきちゃんの親は立派な方なのでしょうと、それはそれは嬉しそうに言ってました」
……立派な、か。
「はは、俺には勿体ない子供ですよ」
「ご謙遜を。育児に積極的なお父さんなんて、素敵じゃないですか」
……愛想笑いしか出来ねぇ。
「あっ、みさきちゃん。もういいの?」
「……ん?」
保育士の言葉で、足元のみさきに気が付いた。
「帰るか」
「んっ」
コクリと頷いたみさき。
俺とみさきは保育士の人に挨拶をして、踵を返した。
みさきの小さな歩幅に合わせて、ゆっくり歩く。てくてく歩くみさきは、なんだか嬉しそうだった。ゆいちゃんと遊ぶのが、よっぽど楽しかったのだろう。
この顔を見ると、保育園に行かせたのは、正しかったのかなと思う。
ただ、俺は何もしていない。
アイデアは隣人から貰って、書類は短期バイトで世話になったオッさんがほとんど用意してくれた。
……ほんと、何もしてねぇな。
俯いた先に、不思議そうな顔があった。
俺は無理に笑顔を作って、みさきに声をかける。
「今日、何して遊んだんだ?」
「……これ」
「なんだそれ。算数ドリル?」
「……ん」
得意そうに頷いたみさき。どうやらゆいちゃんが使っていたものを借りたらしい。
漢字の次は算数。
みさきはどんどん成長するなあ。
「楽しいか?」
「……んっ」
力強く頷いたみさき。
それからも楽しそうなみさきと話をしながら、ゆっくりと歩いた。
その時間が、とても長く感じられた。
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