第39話

 月島が叫ぶと同時に、僕の胸に激痛が走る。

 ぼやける瞳で胸を見ると、黒い鋼のような爪が、背中から貫通して飛び出ていた。


「ああ…っ」

「乃亜くんの血は、本当にいい香りだ。飲めないのがとても残念だよ。バイバイ、乃亜くん。恨むなら弱い自分を恨ん……がはっ…!」


 月島の言葉が途切れたと思ったら、僕の胸から爪が引き抜かれて大きな物が倒れる音がした。

 振り向いて確認したくても、もうそんな力もない。

 僕は前のめりに倒れると、何とか腕を伸ばして旭の手を握った。


「おまえ、白波瀬と言ったか。ひどい姿だな。俺の手で狩れなくて残念だ」

「…僕は、弱いから…狩る対象にも…なら、へん…。なあ、お願い…。旭、を…宇津木病院…に、連れて行ったって…。頭打ってるねん…。骨も…折ってるかも、しれへん…。旭を、助けたって…」

「おまえはどうする」

「…僕は、もう…旭や、おじさんの所に、は…戻れへん…。もう、会えへん。だから、ほっといて。…このまま…ここに。もしも、まだ生きてたら…あんたが、殺して…」

「わかった」


 僕の頭上から、男の静かな声が降ってくる。

 きっと男が、無事に旭を連れ帰ってくれるだろうと安堵して、僕の身体から力が抜ける。


 旭の手が、温かい。

 たぶん、僕の手が冷たいからだ。

 最後に旭の顔をよく見たいけど、もう目が霞んで見えない。涙で滲んで見えない。


 月島、最後に変なこと言ってたな。白波瀬の紋章…?紋章ってなに?よくわからへんけど、そんなもの、欲しいのならいくらでもあげるのに。

 僕は、ただの人間として、旭の傍にいたかった。僕の望みはそれだけだから、紋章なんていらない。

 旭、僕を愛してくれて、ありがとう。

 旭がいてくれて、幸せだった。

 僕のことは忘れて、幸せになって。

 ……なんて、うそ。

 本当は、僕のこと忘れないで。ほんの少しでいいから、覚えていて。知ってると思うけど、僕は我儘だから。

 さよなら旭。大好きだよ。


 僕の手足が冷えて、もう感覚がない。

 僕は細く震える息を吐くと、そっと目を閉じた。



 第一部完

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愛しい闇 明樹 @aasan

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