第33話

「解けたっ!旭、早く帰ろ…っ」

「さんきゅーな、乃亜。よし、早く逃げるぞっ」


 旭が縛られていた手首を擦りながら立ち上がり、僕の手をしっかりと握る。

 僕も旭の手を握り返して、扉へ向かおうとした時、月島と部屋にいた五六人の男達に、退路を塞がれた。


「ちょっと、何勝手なことしてくれてんの?今度は帰さないよ?」

「今度ってなんだ?おまえらみたいな頭のおかしい奴の所に、乃亜を置いておけるかっ。そこを退かないなら警察を呼ぶぞっ!」


 旭が僕と繋いでない方の手を構えて、腰を低く落とす。

 月島と男達は、旭の気迫に一瞬怯んだ様子を見せた。

 だけど月島は、すぐにいつもの嫌な笑みを浮かべると低い声で言った。


「それは困るなぁ。せっかく呼び寄せた乃亜くんを簡単には帰せないよ。だって今日こそは、俺達のリーダーになってもらうんだから。お兄さんは帰してあげてもいいけど、ちょっとだけ協力してくれないかな?さっきも言ったけど、お兄さんの血を少しだけちょうだい?」

「だからっ、さっきから何を言ってるんだっ!俺の血をどうするんだ!」

「知りたい?仕方ないなぁ。聞かれたから教えてあげる。人間の血は、俺達の食料。力の源。まるで極上の赤ワインのような味わいの血を、欲して堪らなくなるんだよ。そうだろ?乃亜くん」

「は?なんで乃亜に聞く?…乃亜?」


 僕は、旭と繋いだ手をするりと離す。

 旭から一歩後ろに退った僕を見て、旭が首を傾げて名前を呼んだ。


「あ…旭…、先に逃げて。僕、月島と話しがある…から…」

「乃亜、何を言ってるんだっ。だめだっ、一緒に逃げるぞっ!」


 旭が、もう一度僕の方へ手を差し出す。

 僕は、一瞬ためらった後に、ゆっくりと手を伸ばした。旭の指先に指が触れた瞬間、僕の背中に激痛が走りその場に崩れ落ちる。


「乃亜っっ!あっ?離せっ!」


 膝と両手を床について、全身を震わせながら顔を上げる。

 痛みで歪む視界に、三人の男に身体を押さえつけられて暴れる旭の姿が見えた。


 いった…。めっちゃ痛いやん…。なにこれ…斬られたん?最初からこうすることが目的やったんか…。ほな、もうええやん。旭を離して。無事に帰したげて。代わりに、あんたらが憧れるという僕の血を飲めばええやん。…ああまずい。甘い匂いがきつ過ぎる。目が回ってきた…。


 はあはあと荒くなる呼吸に肩を揺らしていると、いきなりある光景が頭の中に浮かんだ。


 僕に似た女の人が、僕ともう一人の男の子を抱きしめている。更にその男の子も、僕の手をしっかりと握って「乃亜、大丈夫だよ」と頭を撫でている。僕は頷くと、女の人の背後に目を向ける。そこには数人の刀を持った人が、次々と人を斬っていて…。辺りには、むせ返る甘い花の香りが充満して…。

 あれ?あそこで刀を持ってるあの顔は…?


「あれ?死んじゃった?まさか、こんなのかすり傷だよねぇ。乃亜くん」


 月島の声が聞こえ、僕の髪の毛が掴まれて、無理矢理顔を上げさせられた。





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