第32話

 大学から三十分以上かかって、山の中腹にポツンとある一軒家に着いた。

 広い敷地に鉄製の柵が張り巡らされ、その中に洋館が建っている。

 門の前に車が止まると、自動で門が内側に開いた。

 車は敷地内を進み、洋館の側に数台停まっている車の横に並んで止まる。

 すぐに津田が車を降りて、僕の側のドアを開けた。

 僕は降りると急いで玄関に向かい、扉の取っ手を掴む。

 扉に鍵は掛かっていないらしく、簡単に外側へ開いた。


「月島っ!どこやっ!旭を返せっ」

「あれ?乃亜くん、早かったねぇ」


 広い玄関から伸びる廊下の先の扉から、月島が顔を覗かせる。

 僕を見ると、楽しそうに手招きをした。


「乃亜くん、こっちに来て。君のお兄さんも待ってるよ」

「はあ?あんたが無理矢理旭を連れて来たんだろうがっ!」

「えー?ひどいなぁ。俺ん家に招待してあげたんだよ?乃亜くんとパーティするからお兄さんも来てって頼んだら、来てくれたんだ。ね、お兄さん?」

「旭っ」


 土足のまま廊下を走り、扉を押し退けて部屋に飛び込む。

 部屋の真ん中にある大きなソファーに、両手両足を縛られた旭が転がっていた。


「乃亜っ?」

「旭っ!」


 僕は素早く旭に駆け寄り、足の縄を掴む。

 固く結ばれた縄を何とか解いて、両手の縄に手をかけた時だった。


「勝手なことしたらダメじゃん。今から彼の血を飲むから暴れないようにしてたのに」

「…は?俺の…血?」


 僕の動きがピタリと止まる。

 音が鳴りそうな程のぎこちない動きで、ゆっくりと旭を見る。

 旭は、とても渋い顔をして、月島を見ていた。


「そ。俺達は、人の血が大好物なんだ。今日はさ、乃亜くんの初吸血記念日になる予定だから、乃亜くんが大好きな人の血を飲ませてあげようと思ってね、君を招待したんだ」

「なに…を、言ってる。頭がおかしいのか?乃亜を、変なことに巻き込むなっ!」

「失礼なことを言う…。俺達は、おまえらよりも高貴な存在だ。バカにすることは許さないよ」


 旭は、ゆっくりと月島から視線を外すと、僕を見て微かに笑う。


「乃亜、大丈夫だから。俺が傍にいるからな。とりあえず、この手の縄を解いてくれ。早くここから逃げよう」

「う、うん…」


 まずい。旭に知られてしまうかもしれない。

 そう思うと怖くて、縄に触れる手が震える。

 それを僕が月島を怖がってるからと思ったらしく、旭が「乃亜」と優しい声を出した。


「落ち着いて。縄さえ外れれば大丈夫。俺が強いのは知ってるだろ?」


 違う。そうじゃないよ。旭に僕の秘密を知られるのが怖いんだ。


 僕は、ただ小さく頷いて、爪が割れて指先が痛むのも構わずに、懸命に縄を解いた。


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