第30話

 火曜日、おじさんは朝早くから呼び出されて病院に行った。

 旭がトイレに行ってる間に、おじさんに点滴のことを頼むと「今日、大学が終わったらすぐに来なさい」と言って、僕の頭を撫でた。



 大学に着くと、旭と帰りの待ち合わせの約束をして教室に向かった。

 途中、廊下にある自動販売機の横に月島がいた。その姿を目にして僕の気持ちが一気に落ちる。

 絶対に目を合わせないし話しかけられても無視してやる!と早足で前を通り過ぎる。

 通り過ぎる時に、月島からの嫌な視線を感じたけど、声をかけられることも腕を掴まれることもなく、すんなりと通り過ぎることが出来た。

 余りにもの気味悪さに、そっと月島を振り返る。

 月島は、口端を上げて僕を見ていた。


「…っ!」


 その顔を見た途端に、嫌な汗が背中を流れ落ちる。

 再び前を向くと、今度は振り返ることなく前へ進む。

 教室に入り、人のいない後ろの席に座る。

 背中に背負っていたリュックを膝の上に置いて、キュッと抱きしめた。


 なんだ?あいつ…。こんな人の多い構内で目を赤く光らせていた。…それに、あの嫌な笑い。今度は何をするつもり?


 また何かしてくるのかと、怖い。

 僕の幸せが壊されそうで、怖い。


 今日は、これともう一つ講義がある。

 だけど月島の様子が気掛かりになって、講義どころではない。

 とりあえずこの講義が終わったら、旭の様子を見に行こうと一人頷いた。



 講義が終わると、すぐに教室を飛び出した。

 旭がいる隣の建物まで、人を避けながら走り続ける。廊下を走り、階段を駆け上がり、また廊下を走って角を曲がる。

 曲がってすぐに、僕は足を止めた。


「やあ、白波瀬くん。そんなに慌ててどこ行くんですか?」

「はあっ、はあっ…、誰や…あんた…」


 角を曲がってすぐの所に、スーツを着た背の高い男が、道を塞ぐように立っていた。


「俺は月島くんの仲間です。一度、会ったでしょう?つい先週ですよ。ほら、月島くんに連れて来られたマンションの部屋で…」


 僕は、先週の月島に拉致られたことを思い出す。

 あの嫌な匂いが充満した部屋には、数人の男がいた。大学で見たことがある奴、車を運転していた小山内とかいう奴。残りの奴の顔なんか、覚えていない。


「知らん。興味無い奴の顔なんか覚えてへん。なあ、そこ退いてくれへんかな。急いでるんやけど」

「覚えられてないとは!残念です。ぜひ、この機会に覚えて下さい。俺は津田と言います。お役に立ちますよ」

「いいから退けってっ」

「白波瀬くんが向かってるのは、お兄さんの所じゃないですか?じゃあ、このまま向かっても無駄足です」

「は?…どういうことや」

「お兄さんの…宇津木くん、でしたっけ?宇津木くんは、月島くんが連れて行きました」

「えっ?」


 僕の心臓が、一瞬で凍えた。

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