第26話

 週末、僕と旭とおじさんの三人で旅行に出掛けた。

 家から車で三時間ほどの温泉地。

 朝に出て所々観光地を見てまわり、昼を少し過ぎた頃に着いた。

 おじさんの知り合いの旅館だということで、早目にチェックインをさせてもらう。

 案内された部屋は、ちょっとした一軒家ぐらいの広さの離れで、荷物を置くと、運転で疲れたというおじさんを残して庭に出た。

 手入れの行き届いた日本庭園の中を、旭と並んで歩く。

 歩き出してすぐに旭に手を握られて、僕は思わず「あっ」と声を出してしまった。


「どうしたの?」

「だって…誰かに見られたら…」

「誰もいないよ。いたとしても構わないし」

「変な目で見られる…よ」

「見たかったら見ればいいよ。俺が乃亜とこうして歩きたいんだ。いや?」

「いや…ちゃう…」

「よかった」


 旭にぐいと手を引かれて身体がぶつかる。

「乃亜」と呼ばれて俯いていた顔を上げると、唇にキスをされた。


「ふふ、可愛い」

「旭…なんかテンション高い」

「乃亜と二人で旅行だからな。って父さんがいるけど。乃亜、今度は二人きりで旅行に行こうな」

「いいの?おじさんは?」

「いいの。部屋に戻ったら父さんがいるし、とりあえず今のうちにイチャイチャしとこう」


 そう言って笑うと、僕の肩を抱き寄せた。

 僕はそっと旭の腰に手を回すと、旭の胸に鼻先を押しつけて息を吸う。

 大好きな旭の匂いに全身が震えて、うっとりとした声を出す。


「…いい匂い。旭の匂い、好き」

「ふふ、俺も乃亜の匂い好き。乃亜、一緒に温泉入ろうな」

「うん…えっ!」


 勢いよく顔を上げて、旭を見る。

 部屋には専用露天風呂がある。僕達が散歩している今、おじさんが入ってるはずだ。


「なに驚いてるの?嫌なの?」

「違うけど…おじさんに怪しまれへん?」

「男同士で入るのに、何もおかしくないじゃん」

「そうやけど…。僕、お風呂から出た後に、おじさんの顔まともに見れへんかも…」

「なんで?」

「だって…っ、お風呂ってことは裸やん。旭のは、裸見たら、ドキドキする…。それに触れて欲しくなる…。そしたら、絶対に蕩けてしまう」

「乃亜…っ」


 僕がそう言うやいなや、旭が僕の後頭部を引き寄せて強く唇を押し当てた。僕の口内を舌で掻き回して激しく貪ると、僕の頭を胸に抱き寄せて「はあっ」と大きく息を吐く。

 僕は、旭の胸の中で「どうしたの?」とくぐもった声を出した。


「もうっ!可愛すぎだろっ!そんなこと言われたら、一緒に風呂に入らないわけにはいかないっ。夕食の時に、父さんにいっぱい酒を飲ませて早目に寝てもらおう。そうしたら大丈夫だから。な?」

「え?なんでそうなるの?」


 見上げた旭の顔が、とても楽しそうだ。

 おじさんにバレても知らないよ…と呆れながらも、僕も顔が緩んでしまうのを止められなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る