第21話

 今朝早く、旭がゼミ旅行に出かけた。

 僕は昼からの講義でプレゼンがあるため、午前中に準備をして、軽食を食べて家を出た。

 一人で大学へ向かうのが、なんか新鮮だ。

 最近はいつも旭と一緒だったから。

 大学に着いて建物の中に入ると、すぐに月島が話しかけてきた。


「やあ乃亜くん。珍しいな、一人でいるなんて」

「…別に、一人の時もある。僕急いでるから」


 まだ話したそうに見てくる月島を無視して、教室へと急いだ。


 今日の講義はこれだけだし終わったら早く帰ろう。それで、おじさんの所に寄って点滴してもらわないと。月島が付きまとってくるせいか、最近おかしい。血の匂いに敏感に反応してしまう…。


 教室の座席に座ってぼんやりと考える。

「早いね」とクラスメイトに声をかけられて、僕は「プレゼン、緊張してるねん」と笑って、膝に置いたリュックから資料を出した。



 講義が終わるとすぐに教室を出た。長い廊下を進み階段を降りる。

 一階まで降りて玄関口に向かい角を曲がった所で、月島に捕まった。

 月島に道を塞がれて思わず立ち止まった僕の腕を、月島が強く握る。


「なにっ?何か用?」


 僕は苛立って少し怒って言う。

 月島は僕の問いを無視して、僕の腕を引いて歩き出した。


「無視すんなっ。どこ行くんだよっ!てか、離せよっ」

「離したら逃げるだろ?どこに行くかはこれからわかる。大人しくついてきて?」

「暇やないんやけど」

「すぐ済むよ」


 そう言いながら、嫌がる僕をグイグイと引っ張り玄関を出た。

 講義が終わったばかりで、まだ人の少ない広場を抜け門を出る。門を出てすぐの道路脇に停めてある車に近づくと、月島が窓を軽く叩いた。

 車のロックを解除する音がして、月島が後部座席のドアを開けて「乗って」と言う。


「は?嫌だ。早く離せよ」

「ふう…、車で乃亜くんの行きたい所に送ってあげるから。その移動中に話がしたいだけだよ」

「……」


 訝しげに月島を睨むけど、乗らない限りは腕を掴む手を離してくれそうにない。

 僕は小さく息を吐くと、渋々車に乗り込んだ。

 僕の後から月島も乗り込み、僕にシートベルトをするように言う。

 ようやく月島の手が離れ反対側のドアから逃げようかとも思ったけど、嫌なことを早く済ませてまおうと渋々シートベルトを閉めた。


「どうも。月島くんから話は聞いてます。小山内(おさない)です。よろしく」


 運転席に座っていた男が、顔だけ後ろに向けて頭を下げる。

 なんで僕の話をしてるねん…と頭の中で月島に悪態を吐きながら、「どうも…」と呟いた。

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