第16話

 僕は、ひどく緩慢な動きで後ろを向く。

 月島倭が、薄ら笑いを浮かべて僕を見下ろしていた。


「乃亜…、誰?」


 旭が不機嫌な顔で聞いてくる。


「あ、えっと、確か乃亜くんのお兄さんでしたよね?俺、乃亜くんと同じクラスの月島って言います。乃亜くんとは友達です」

「はあ?僕がいつあんたと……」


 友達になったんだ、と言う言葉は、月島の含みのある笑顔を見て飲み込んだ。

 その顔が『逆らえばバラすよ』と言ってるように見えたから。


「乃亜の友達?」

「あ…うん」


 不機嫌な顔を少しだけ緩めて、旭が月島に視線を向ける。


「乃亜から君の名前は聞いたことないけど」

「あ、最近仲良くなったんで。な?乃亜くん」


 月島が僕に話を振ってきたけど、なるべくなら話したくない。

 僕は、アイスティーが入ったグラスについた水滴を指でなぞりながら、小さく頷いた。


「どうしたの?何か元気ないよ?あ、そっか。今日、雲一つない青空だもんねぇ。陽射しが強い。そりゃあ辛いよね」

「…別に。大丈夫やし…」

「乃亜くん、無理したらダメだよ。俺達は大丈夫だとはいえ、普通の人より陽射しが苦手なんだから」


 思わずガタッ!と椅子を鳴らしてしまい、旭が不思議そうに僕を見た。

 月島の含みのある言い方に、咄嗟に腰を浮かせてしまったのだ。


「…なんの、こと」

「あ、お兄さん。俺も乃亜くんと一緒で、太陽に当たると肌がすぐに赤くなっちゃうんですよ。まるで火に炙られたように痛くなる。一年中気をつけないとダメなんですけど、特に夏は要注意で…。だからすっごくイライラするんですよね。今日なんて特に暑いからもうダメです。後でたっぷりと水分補給しないと」

「ここは建物の中だから大丈夫だろ。それに乃亜は、日焼け対策をしっかりとしている」


 旭が僕の髪に触れて、優しく笑う。

 それだけで月島と会ってしまった不快な気持ちが、今日の青空のように晴れ渡っていく。


「ふ~ん…」


 月島が、しばらく黙って僕と旭を見ていたけど「お邪魔しました。俺は水分補給に行ってきまーす」と言って、カフェから出て行った。

 月島が出て行ったドアを見て、旭が首を傾げる。


「あいつ…変な奴だな。水分補給しにこのカフェに来たんじゃないのか?どこで水分を摂るつもりなんだ?なぁ」


 旭の言葉に、僕は曖昧に頷く。


 月島は、人間の血を吸いに行ったんだ。

 あいつの水分補給とは、血を摂取すること。

 あいつは危険だ。これ以上、僕の周りをうろちょろとされたら、いつか旭に気づかれてしまう。

 それに、あいつは血を吸ってるのだろうけど、僕は吸ってはいない。

 仲間のように思われるのは、嫌だ。

 もうなるべく月島とは話さないようにしようと、僕は固く決意した。




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