第6話

「だっ、誰だっ!」

「あ……はぁ…はぁっ…」


 旭が僕を庇うように抱きしめ、男を睨みつける。

 僕は昼間の光景を思い出してしまい、胸を抑えて荒い呼吸を繰り返した。


「おまえには関係ない。そこをどけ」


 ジャリ…とガラスを踏んで、男が一歩こちらに近づく。


「はあ?どくわけねーだろうがっ。警察呼ぶぞ!」

「好きに呼ぶといい。すぐに終わらせる」


 はっはっと荒く息を吐く僕に、旭がそっと耳打ちをする。


「乃亜、俺があいつを止めてる間に下へ逃げろ…。父さんと外に出て警察を呼ぶんだ。大丈夫。俺が長年空手をやってるのは知ってるだろ?」

「…で、でもっ!刀…っ、持ってるっ」

「ああいう不審者の対処法も知ってる。いいな?動けるな?」


 何とか頷いた僕の額に唇を押し当てると、旭はゆっくりとベッドから降りた。

 僕も少しずつ移動して、ドアを見る。


「おまえは関係ないと言っただろう。俺が退治するべき相手は、そっちの小さい方だ」


 男の言葉に、ベッドから降りようとしていた僕の動きが止まる。


「……から?僕が昼間の…、あんたが人を斬った現場を見たからっ?」


 振り向きざまに叫んだ僕を、旭が驚いた顔で、男が無表情に見た。


「えっ?人を斬ったって…」

「人ではない。あれは人間に害を成す悪鬼だ。そしておまえもその一人」

「…は?悪鬼ってなに?僕は人間やしっ」

「なんだおまえ。とぼけているのか本当に知らないのか。俺は悪鬼を見分けることができる。悪鬼は二種類いる。使う側と使われる側。後者はウヨウヨいるが雑魚に過ぎない。問題は使う側。数も少なく滅多に見かけない。が、運良く一匹を見つけて追い詰め始末した。そこへ、おまえが現れたのだ。おまえは昼間に退治した奴よりも更に格が高いみたいだな。甘い匂いが強く香る」


 男が話してる内容が全く分からない。


 悪鬼って何?鬼?こいつは僕が鬼だと言ってるん?それに甘い匂いって…。血の匂いのこと?それとも僕の身体から匂うんやろか…。


 何が何だかわからなくなって俯いた僕に向かって、男が刀を突きつける。


「おまえ、一緒にいるこいつを喰らってないのか。それとも、これから喰らおうと思っていたのか。まあ今更どうでもいいが。俺は、おまえのような悪鬼を根絶やしにしなければならない。覚悟しろ」


 男が足を踏み出し刀を振り上げた瞬間、旭が僕の前に立ち塞がった。


「やめろっ!!」

「退かないとおまえも共に斬るぞ」

「斬れよっ。こいつには指一本触れさせない!」

「ちっ、面倒だ」


 男が呟いて刀を振り下ろし、鈍い音と共に旭の身体が崩れ落ちた。


「あ…あさ、ひ?旭…旭…っ!!」

「これで邪魔をする者はいない。次はおまえだ」


 旭が真っ青な顔で倒れている。


 なんだ?何をした?僕の、僕の大切な旭を…っ!


 ドクンドクンと心臓が激しく脈打ち、身体が熱い。先程感じた熱さなど比じゃなく、燃えるように熱い。

 自分の身体を強く抱きしめて叫びたくなる衝動に耐えていると、腕にチクリと痛みを感じた。

 僕の両手の爪が伸びて尖り、腕の肉を突き刺して血が流れている。


 ああ、これは…むせかえる甘い花の匂い。


 僕は爪についた血をペロリと舐めると、刀を振り上げた男に飛びかかった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る